強行
夕刻。湖の対岸アシル神殿で婚礼の義を終えた花嫁御寮を乗せた舟が、慶事を祝い賑わう城下町に到着した。
青緑のベールを被った侍女のシャオチェ、続いて橙色と金の正装姿の俺が下船し、最後に朱赤に金糸の刺繍がふんだんに施された色鮮やかな絹の婚礼衣装を纏ったシェリアル王女が桟橋に降り立つ。白竜の飾り羽をあしらったティアラと純白のヴェールが水晶の灯火に照らされ浮かび上がる様は実に幻想的な光景だった。
「姫様どうかお幸せに」
「とてもお綺麗です」
シャオチェの先導で二人が道中を歩み始める。
街の娘たちが感涙を流し、白、赤、ピンク、色とりどりの花びらのシャワーを振りまき門出を祝福する。俺には、シェリアル王女に密かに恋慕していた青年どもから「姫を泣かせたりしたら承知しねーぞコンチクショー」などと鼻声の野太いヤジが飛ぶ。今日この場だから赦される無礼講だ。
グラディアテュール駐屯地の正門をくぐって三歩進んだところできびすを返し、新郎新婦の二人は集まった民衆に深々と頭を垂れた。
アシルの街とはここでお別れ。ここからはグラディアテュールの管轄下だ。
正門が閉ざされると、シェリアル、シャオチェが同時にへなへなと崩れ落ちた。
咄嗟に腕を伸ばし、姫を小脇に抱えて抱きかかえると、シャオチェがいざり寄ってくる。
「本当に姫様は、なんてムチャな真似をなさるんですか」
「大丈夫です」
見知らぬ他人に親切にされた時のような行儀正しい笑顔だけれど、今のシャオチェにはそれでも得難く救われる笑顔だった。
婚礼を強行すると言いだしたのはシェリアル姫だった。
あの啖呵の後、姫はこう切り出した。
「誰が呪いをかけたのかは分かりません、私が知らぬうちに晴れの日に呪いをかけられるような恨みを買ったのかも知れません」
「そんなことはございません誓って申し上げます」と、侍女がぐずぐずと泣きながら横から申し立てる。
一理ある。呪いをかけた存在に思い当たる節があるなら、とっくにここにいる誰かからどこの誰それが怪しいという話に行きついているはずだ。それが出てこないという事は全くのとばっちり、または愉快犯だと考えていい。
「ですが、それで城に籠もったら相手の思う壺です」
だから婚礼を、行幸を敢行する。それが姫の主張だった。
「誰がこんなことをしたにせよ、屈するわけには参りません」
梃子でも動かぬ構えだ。
「それではシェリアルの身の安全が」
流石にアシルのアルハラッド王とシュクル妃が狼狽えて異を唱え、キンツェムの大公夫妻も「危険すぎる」と同調した。本音を言うと俺も同意したいところだ。
しかしこれは国家間行事だ。姫の一喝でそれを思い出した。この婚礼の準備にどれだけの民衆が動いたか。行幸のお触れを聞いた者たちが首を長くして訪問を楽しみに待っている。屈したら統治者としてのメンツがつぶれ、信頼が失墜する。
先刻動揺して中座退席なんて口走ってしまった自分が恥ずかしい。
「挙式が執り行われて行幸が出立するとなったら早晩呪いをかけた者が様子を見に来るかもしれない」
「身替りを用意するべきでは」
キンッツェムの大公がおたつきながら意見する。
「今から影武者を用意しろと??」
どうしても歩調を合わせたくない大公の意思表示と受け取ったのか、シェダル兄が少しばかり声を荒げた。
影武者、替え玉、身替り。何でもいい。確かにそれが最善だ。そういう存在がいるなら。サピエンスに近い見目で、アシル・キンツェム・グラディアテュールの王とその近親の顔と名前を知っていて、婚礼と行幸の詳細を知っている。そんな都合のいい存在なんてすぐに見つかるわけ。
「わ、私が同伴します!」
さっきまでぐずぐず泣いていた侍女が手を挙げ名乗りをあげた。アシル王夫妻が驚いたように顔をあげる。
「シャオチェ!」
驚いて俺も侍女に声をかけた。
「いいのか?」
この場の勢いに乗せられただけなら、無理をしなくていい。諭すと侍女が首を横に振った。
「そりゃ怖いですよ、でも記憶がない姫をそのまま送り出すわけには参りません」
「ありがとう、早速駐屯地で算段を立てよう」
呪いをかけたやつが出てきたらひっ捕らえて呪いを解かせて八つ裂きにしてくれる。どこのサピエンスは分からんが、グラディアテュールを怒らせて生きて逃れられると思うなよ。
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