第35話 出港の準備
ゲルツからコシークへの船便は、月に2回出るそうだ。
次の船便まであと10日。その間私たちはゲルツに宿を取って、ちまちまとした依頼をこなしていた。
エイリンド様を宿に泊める必要はないんじゃ? と思ったけど、「これからもルルと一緒に行くなら人間の街に慣れた方がいいんじゃないのか?」ってザムザさんに言われて、4人で一部屋に泊まることになった。
ザムザさんって……エイリンド様の扱いがうまいのかもしれない。もしくは、エイリンド様がザムザさんに一目置いてるのかな。
私の言うことは全然聞き入れてくれないんだけどねぇぇぇぇぇ。
私とザムザさんとフランカさんは近場の討伐依頼を受け、それがないときはカタリーナさんから魔法の基礎を教わった。
エルフの使う精霊魔法とは全く体系が違うから、森の王に雷魔法を撃ったときはうまくいったけど、本来は呪文を唱えたからって簡単に出るものじゃないみたい。
でも、4元素の関係とか前世でもファンタジーとかに出てきてたから、その辺の知識はバッチリだよ。私の理解の早さにカタリーナさんも驚いてた。
そしてエイリンド様は――。
「いつもの薬草の納品ですね、ありがとうございます!」
今日もギルドの受付のお姉さんの笑顔が凄い。輝いてる。
エイリンド様は街の近くの森の中で、高価で取引されている薬草を育てて納品しているのだ。もちろん精霊の力を使って育てるエルフチート。
爆速で育つから虫に食われる暇はないし、上級品質の決まった量をきちんきちんと納品してくれるからギルドでの評判は爆上がりだ。もちろん、文字通り人間離れした顔の良さも受けがいい理由。
態度はあんまり良くないんだけどね。
「解せぬな……自然に生えて育った薬草よりも、精霊の力を借りて強制的に育てた薬草の方が価値があるとは」
上質だということで割り増しされた薬草の代金を受け取って、冒険者ギルドを出ながらエイリンド様は眉を寄せた。
エルフ的に考えると、確かに今納品してる薬草は不自然だからね。不自然なものが自然なものより価値が高いってのはおかしく感じるかもしれない。
「でも、お水が足りないときがあったり、日光が十分に当たらなかったりして育ったりする薬草より、必要な物が全部揃って、しかも精霊の助けを受けて育った方が品質が良くなるのは当たり前だと思いません?」
「……なるほど、そういうものか」
私の説明にエイリンド様は無理矢理自分を納得させたようだった。
最初は単なるお荷物だったエイリンド様だけど、どうにかこうにかコシークへの片道の船代を稼ぎ出すことができた。その時のドヤ顔はしばらく忘れられないね……。
私は宿の厨房を借りて、硬い肉をミンチにしてハンバーグを作って見せたりしていた。これも牛肉で作りたかったけど、豚と鹿の合い挽きなんだよねー。脂っ気が少なくて、ヘルシーと言えばそうだけど、肉汁がじゅわっと出る感じじゃない。
でもジーメで食べたエルクのハンバーグには負けるけど、ここで食べたハンバーグも美味しく感じた……。
柔らかいお肉ってやっぱりいいよね。宿のおじさんは新しいメニューに凄く喜んでくれて、名物にするって息巻いている。
なので、ついでに「エルフのルルエティーラに教わったって広めてくださいね」と頼んでおいた。
クロワッサンに続く草の根活動だよ。エルフの印象アップと、いつか何かの時のために!
そうこうしてるうちに10日はあっという間に過ぎ、私たちとカタリーナさんたちのパーティーはコシーク行きの船上の人になった。
前世でも大きな船で寝泊まりなんてしたことがないから、すっごい楽しみ!
新鮮な魚とかも食べ放題かな!
…………なんて考えていられたのは、出港してから2時間ほどの間だけだった。
私はエルフだから、三半規管の強さには自信があったんだよね。木に足だけでぶら下がって逆さまになったまま弓を射ったりとかできるし。
船酔いの原因は、まさかの匂い。
古びた船に染みついた、饐えた匂い……感覚が鋭敏なエルフの特長が仇になったよー。
というわけで、私とエイリンド様は比較的平気な他の乗客を横目に、終始ゲーゲーと海に魚の餌を撒き続ける羽目になったのだった……。
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