第30話 干し草を作ろう

 街の人たちの様子を見ていてなんとなく感じたことだけど……。

 …………この人たち、街長さんの家族が生け贄になることに関しては大して罪悪感を感じてないね。

 元々ここら辺は気候も冷涼で住むには厳しい土地だから、自分たちの心配ばかりしてる。

 祭りと花だけの捧げ物で湖の精霊は今まで通りの恵みをくれるのか、とか直接的に訊かれたよ。


「もう、湖の精霊に頼るのはやめてください。これ以上生け贄を捧げたら、あの強い精霊が闇に染まって呪いがこの街を覆い尽くしますよ。森の王が5頭くらい一気に来て街を蹂躙するんですよ?」


 そんなことはないんだけど、強めに脅しておいたら黙ったけどね。

 もう本当に、不満がある奴は南に行け。


 ……と人間の身勝手さにプンスコしていたら、ザムザさんがふらりとやってきた。


「おい、ルル。牛のことを訊くんじゃないのか?」

「あー、そうだった! 案内してくれるんですか?」

「まあな、おまえに頼みたいこともある」


 私に頼みたいこと……なんだろう。

 ザムザさんに付いて歩いていくと、街の外れの方に来てなだらかな丘が目に飛び込んできた。

 牛はちらほらいるけど、もう青草が勢いよく伸びる季節じゃないから、僅かに地面に残ってる草をはみはみしてるところだった。


「あれを見てみろ」

「んー? うわあああ……」


 ザムザさんが示す先には、見事に破壊された干し草小屋が!

 多分夏の間にせっせと干し草を作って冬に備えてあったんだろうけど、中身はガッツリ減ってる。きっと森の王が破壊して、干し草は食べちゃったんだね。


「おーい、ヘルマン! 連れてきたぞ、説明してやれ」


 ザムザさんが近くの家のドアをガンガンと叩いて中の人を呼ぶ。慌てて転がり出てきたのは、ザムザさんよりちょっと歳上に見える男性だ。


「おお、エルフの魔術師様……昨日は森の王を退治してくださってありがとうございました」

「私だけじゃなくてみんなで倒したんですよ。何か私に御用ですか?」


 私が尋ねるとヘルマンさんは助けを求める様にザムザさんに視線を投げた。

 ザムザさんはため息をつくと、私の背中をぐいと押す。


「ルル、おまえ牛肉が食べたいんだよな?」

「食べたいです! ……まさか、ヘルマンさんが食べさせてくれるんですか!?」


 私がガバッとヘルマンさんの服を掴むと、彼は勢いで半歩下がりながらコクコクと頷いた。


「実は、森の王の被害で牛たちが冬を越せるほどの干し草が残っておらず……ここいらの酪農家は皆困り果てているのです。そこでお願いなのですが、牛を1頭潰してご馳走しますから、なんとか残りの牛が冬を越せる様にお力を貸してもらえませんか」

「ああ、なるほど……確かに干し草小屋が壊れてましたもんね。……うーん、干し草にする牧草って種から育ててますか?」

「は、はい」


 ヘルマンさんがあわあわと頷く。種から育ててるなら、いつもみたいに精霊に頼んで発育を早めてもらえば干し草は作れる。なんとかなるね。


「わかりました! じゃあなんとかしましょう! で、牛って全部で何頭くらいいるんでしょうか」

「村全体で50頭ほどです」

「…………頑張りますので、是非牛を食べさせてください」


 私たちはお互いに深々と下げて契約は完了した。


 まあ、街の中もいろいろ壊されてるんだけど、壊された干し草小屋もひとつだけじゃないんだよね。


「ザムザさん、人に仕事を斡旋したからには、ちゃんとご褒美を用意してくださいよ」

「それは牛肉だろう?」

「じゃなくて! 森の王のお肉取れてるんでしょ? この街でどうやって食べてるか知らないですけど、私が頑張ってる間に用意しておいてくださいよ」

「ああ、まあそのくらいは手配してやる」


 私の頭にぽんぽんと手を載せて、ザムザさんはまたふらりといなくなった。エルクの解体現場の方に行くのかな。


「ヘルマンさん、これから私は精霊に力を貸してもらって、牧草を育てます。酪農をやってる人たちを集めてきて、牧草が頃合いに育ったら刈り取ってください」

「ああ! 助かります、ありがとう!」


 ヘルマンさんは牛の飼い主たちに声を掛け、とりあえず放牧場に出ている牛は牛舎に追い込んでもらった。

 いつもはどのくらいの密度で牧草を育ててるかわからないので、種を蒔くのはおまかせする。


「ここら一帯は刈らずに種を取るために残そう」

「そうだな」


 準備が整った様なので、私は種を蒔いた一帯をぐるぐると回りながら踊り始めた。


土の精霊ノーム火の精霊サラマンダー水の精霊ウンディーネ、力を貸して~♪ 地面を温めて、種を芽吹かせて、すくすく、すくすく、すくすく育てよ牧草の種~♪」


 適当にリズムに合わせて歌いつつ、精霊たちに魔力を渡していく。すぐに牧草の種から芽が出て、ずんずんと伸び始めた。それをみた酪農家さんたちは激しく驚いてる。


 歌いながら踊りまくって、頃合いになったのか牧草が刈り取られていく。種を取るための牧草はもっと育てなきゃいけないから、そこだけ集中して……よし!


「凄い! 牧草があっという間に!」


 刈り取った牧草をせっせと積み上げながら、街の人たちが私を拝む。

 どうだ! お肉のためならこのくらいやってみせるよ! 牛が飢えるのも可哀想だしね!


「後2回ほどやっていただければ、干し草は十分集まります! ありがとう、ありがとう!!」


 ……あと2回?

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