第29話 養殖計画

《後は、多分ルルが気づいているとおりよ。人間はそれを精霊の声と思っていた様だけど、生け贄を望んでいたのは先に捧げられたこどもたち。こうして話している声は他の人間には聞こえていないでしょう?》


 そこまで言われてやっとエイリンド様は「しまった!」って顔をしたけど……あれ? そういえばエイリンド様ってどこからこの話知ってるの?

 それ以前に、なんでここにいるんだっけ!?


「そういえば、エイリンド様ってなんでここにいるんですか!?」

「今それを聞くのか……」


 なんか傷ついた顔をされたけど、昨日エイリンド様が現れたときは私も結構ギリギリでそこまで思考が回らなかったんだよね。


「いや、私が側にいるのが当然という事だな、不自然に思わなかったということは」

「いや、魔力取られすぎて思考回路が麻痺してただけです。グレートヒェン、このお花をどうぞ」


 私はエイリンド様を雑に扱うと、今日咲かせたウスユキソウの中から一輪を彼女に捧げた。その花を受け取って嬉しそうに目を細めた湖の精霊は、きっと昔のことを考えているんだろうな。


「で、なんでここに来たんですか?」

「それはもちろん、おまえの身を守るためだ」

「要りません、お引き取りください」

「いや! 引かぬ! 母上はルルのことを『選ばれし特別な魂の持ち主』と言っていた。それこそがエルフの長として必要な資質だと! ならばその身を守るのが女王の息子たる私の役目ではないか!」


 湖の岸辺でエイリンド様をぐいぐい押す私と、抵抗するエイリンド様。それを眺めるグレートヒェン。うーん、カオス!

 というか、マリエンガルド様、何を言ってるんですかー! 面倒なことになったじゃないですか!



 グレートヒェンに花を捧げて街に戻ってくると、エルクの解体はまだ真っ最中だった。そりゃねえ、これだけでっかいから、解体も大変だよね。

 でも街の人は「肉がいっぱい食べられる」って喜んでた。そう思えるのはいいことだね。


 私は街長さんを捕まえて、あることを提案しようと思っていた。

 生け贄やめろと言うだけでは街の人が納得しないかもしれないから、知恵を貸すだけね。


「今までは湖での漁しかしてなかったんですよね? 村にため池を作って、魚を養殖してはどうでしょう」

「養殖?」


 聞き慣れない言葉なのか、街長さんが私の言葉を繰り返す。

 私は落ちていた木の枝で地面に簡単な地図を書いた。

 湖からこの街を通って流れる川があるから、そこから水を引いてため池を作って、魚を外敵がいない環境でいつでも捕りやすい様にすればいいんだよ。


「こうして、ため池を作って、湖で釣った魚を放して増やすんです。エサをやって、他に捕食する外敵がいなければかなり安全に魚を捕ることが出来るようになりますよ」

「ほう……」


 いつの間にか、私の描いてる図の周りに他の人も集まっている。ため池からの水を川に戻す流れの根元をトントンと木の枝で叩いて、更に説明を続ける。


「ここに魚が通れない大きさの網を設置すれば水は流れるけど魚は逃げて行きませんし。……あっ、これだと稚魚が逃げちゃうのかな? じゃあ、ため池に水が入ったら一旦水路を板か何かで塞いで水を止めちゃいましょう。それで繁殖期じゃないときだけ水を流す様にすれば、水も綺麗なままになりますし」


 街の人はうんうんと頷いている。

 恵みに頼るだけじゃなくて、人間にできることはやってもらわないとね。

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