第26話 生け贄を求めていたのは誰?
じゃあ南に行けば? という言葉を、私は喉から出る寸前で押しとどめた。
それは流民を生むだけで、解決策じゃない。
私はエルフとして、精霊の友として、とりあえず「生け贄ダメ」とは言った。
言うだけなら誰でもできるよね。そこに代案を示さないと、本当に「きれい事ばかり言いやがって」って言われても反論できないよ。
「森の王が暴れて結構な被害が出たんですよね? かなりのお金を注ぎ込んでまで討伐依頼をするほど。――そんな事にお金掛けなくていいですよ。
湖の精霊に豊漁をお願いするなら、物じゃなくてまず気持ちから! 感謝の気持ちを忘れてませんか?」
私の一言で、街の人たちはハッとした顔を見せた。
うん、当たりだね。自分たちは痛くない生け贄を街長に捧げさせて、飢えることない豊かな生活を手に入れてそれが当たり前だと思ってたんだろうな。
「街長さん、湖の精霊は、『生け贄が欲しい』と言ったんですか? 私はそこが知りたいです。豊かさをもたらす代償として何が望まれたのかを」
「……実は、私は直接湖の精霊と話したことはない。声を聞いただけだ。『祈りの代償を捧げよ』と。……代々家族を捧げてきたからそれは生け贄でなけれなばならないと思ってきたが、まさか、違うのか?」
「今の湖の精霊は穢れが入ってしまっていてどうかわからないんですけど、本来精霊は人間の生け贄を望んだりはしないですよ。
私が力を貸してもらうときは、蜂蜜1滴とか朝露、パンのかけら、そういう物をお礼にあげています。でも、一番大事なのは『ありがとう』っていう気持ちなんです。
真冬じゃなくて、綺麗な花が咲いてる季節にでも、湖の畔で毎年お祭りを催してください。いつもありがとうという感謝の気持ちを忘れずに捧げて、後はほんの少しだけ精霊の好む物をあげれば、本来はそれで十分なんです。それを続けていれば、今湖に溜まっている悪いものもいずれ浄化されていきます」
街の人たちは顔を見合わせて、戸惑った様子を見せている。街長さんは顔色は悪いけど、少し希望が見えたという光が目の中に宿ってきた。
「精霊の好む物とは、どういう物なんだ?」
「直接訊けばいいのに……あ、でも声が聞こえる程度だと、なかなか意思疎通は難しいのかも?」
私は水の精霊を通して、湖の精霊に訊いてみた。
「教えて、湖の精霊。あなたの好きな物はなあに? できれば、あなたの好きな物をお礼にあげたいの」
湖面にさざ波が広がっていく。私の言葉が伝わった様で、少し遠いけれど人影がゆらりと立ち上がるのが見えた。
湖の精霊はすらりとした女性の姿をしていた。青く長い髪は下の方は水と一体になっていて、本来美しいはずの顔は呪いに侵食されたせいなのか、半分がただれている。……精霊のこんな姿、初めて見たよ。可哀想だ。
エイリンド様はちゃんと見えてるみたいで、握りこぶしに力が入ったのがわかったけど、街長さんを始め、他の人たちにはその姿は見えてないらしい。
《エルフの子、この子たちを掬い上げてくれてありがとう。冷たい水の中でとてもとても寂しがっていたのよ》
やっぱり、湖の精霊は人間の生け贄なんて望んでない。そうでなければ、呪いに侵食されながらもこんな話し方をするわけない。とても優しい声と話し方が、私にそう確信させる。
「湖の精霊さん、あなたに訊きたいことがあるの。街の人たちはこの湖から豊かさを得ているけど、その代わりにあなたに捧げ物をしているよね。あなたの好きな物を教えて。それを捧げた方が良いでしょう? 人間の生け贄は、あなたも辛い想いをしているんじゃないの?」
私の問いかけに、湖の精霊は口元を僅かに綻ばせた。
《気づいてくれてありがとう、我らの友よ。――そう、人間にとってはとても大事なものを捧げられているのだとわかってはいたけども、辛かった。重い念が私の中にどんどん降り積もっていって、いつしか私も呪いにかかり始めていた。ここに棲まう動物にも影響が及んで、あんな姿にしてしまった。でも、どうしたらそれが伝わるのかわからなくて》
「待って、捧げ物をしろって言っていたのはあなたじゃないの? 街長さんはあなたの声を聞いて生け贄をしていたと……」
《あれは私の声ではないの。そこに引き上げられている子たちの声。一番始めに私に捧げられた子は、精霊と話す力を持っていた。冷たい水の中で命尽きた時から、その子がずっと話していたのよ。寂しいから仲間が欲しいって》
喉から悲鳴が漏れそうになった。ぎりぎりで我慢したけど。
生け贄を望んでいたのは、生け贄にされた子自身だったんだ……。
湖の精霊は、「捧げ物をされたからには豊かさを与えなくては」って、順序が逆なことをしていた。
もしかすると、間隔が短くなっていったのは、生け贄が増えていったから?
犠牲者が我が身の不幸を嘆き、仲間を求めていたの?
「お願いがあります。そこのこどもたちの遺体を、早く弔ってあげてください。生け贄を求めていたのは、捧げられたこどもたち自身なんです。湖の精霊は、人間の生け贄なんて望んでなかった……」
私が告げた真実に、街長さんはくたくたとその場に座り込み、街の人たちの中からは悲鳴が上がった。
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