第27話 湖の精霊の望むもの
すぐに教会から司祭さんが呼ばれ、屍蝋化していた全ての遺体は火に焼かれていった。
司祭さんの唱える聖句はちょっと震えていたけど、街の人の一部と、それから街長さんの家族に見守られる中で、ここの人たちにとっての「正しい弔いの儀式」は進んでいく。
「人の子の魂よ、天に昇って次は安らかなる生を」
少し離れた場所から神妙な顔で、暗い中で燃える炎を見つめてエイリンド様が呟く。
この世界の人間に輪廻転生って概念があるかはよくわからないけど、エルフの中では「命は全て巡る」って考えがあるんだよね。
エルフなのに仏教思想……ちょっと不思議。
「これで呪いの根源は絶ちました。あとは精霊たちを正しく扱ってあげれば、自浄作用が働くでしょう」
「ルル、母上はおまえを次代の女王にと考えておられる様だ。そのおまえが、どこまで人間に肩入れする?」
「ええっ!? 私が次の女王ですかー? そんなことあるわけ……」
ないですよ、と言おうとしたら、エイリンド様が思ったより100倍真面目な顔で私を見つめていた。
ないですよね……ないですよね、マリエンガルド様……。エルフの秘術うんぬんは、私の前世の知識とかをごまかすための方便でしかないし、実際エルフ的な力量でどうなのと言われたら「お姉ちゃんの方が優秀ですよ」と言うしかない。
だって私は、前世を思い出しちゃったから。
純粋にエルフ的な考え方って元からあんまりしてなくて、変わった子だと周囲からは思われてたけど、もう申し開きようがなく「変なエルフ」だと思う。
「ええと、それは私が口出しできるお話じゃない様な気がしますが……私は、エルフだから助けてあげる、人間だから助けてあげないというような考え方は嫌いです。そこに困ってる誰かがいて、私の両手が空いてたら、立ち上がるお手伝いくらいはしてあげたいと思っています」
だって、わらしべ長者じゃないけど、どこでお肉に繋がるかわからないからね。
ターチィのパン屋さんのことも、「クロワッサンで有名になって、私の名前も広めてくれないかな」ってバリバリ期待してる。エルフだったら眉をひそめる様な欲望の塊だよ!
弔いの儀式を遠目に、私は再び湖に近寄っていった。
湖の精霊も、目を細めながら生け贄にされたこどもたちを天に昇らせる炎を見ている。
「湖の精霊さん……」
《エルフの子、私には昔人間が付けてくれた名前があるの。グレートヒェンという素敵な名前だから、それで呼んでくれないかしら。ここ何百年も誰も呼んでくれなくて、寂しかったの》
「わかりました。湖の乙女グレートヒェン」
そう呼ばれて精霊が嬉しそうに笑顔を浮かべたから、もしかしたら、と私は思ったりした。
精霊に名付けた昔の人は、きっと精霊の声が聞こえて意思を通じさせるだけじゃなくて、この精霊が見えていたんだろう。
そういう人って、人間の中にもごく稀に、本当にごく稀に存在するそうだ。ただ、街長さんのところみたいに一代じゃなくて血筋ずっと僅かながら力が続く事って天文学的な確率じゃないとあり得ないんじゃないかな。
「グレートヒェン、あなたに名前を付けてくれた人は、もしかしてあなたのことを愛してたの?」
《そうよ、そして私も彼を愛した。私たちは結ばれて、精霊の血を引くこどもが生まれたの。……だから私は、この湖が呪いに侵されても、それに負けることは決して許されなかった。私の血を僅かでも引いてるこどもたちのしたことだもの。……今の彼らに私の声を聞く力はほとんどないけど、それでも、私の愛した彼と、私の血が流れていることには変わりないの》
やっぱり……。
あんな呪いに侵されながら、優しくて正気を保ち続けてるのがおかしいと思ったけど、そういう過去があったんだ。
「ねえ、私、本当にあなたが望むものを村の人から感謝の印に捧げてあげられたらいいと思ってるの。あなたはなにが欲しい?」
私はグレートヒェンに問いかけた。グレートヒェンは優しい精霊だから、人の命を望んだりはしないはず。
《あそこに》
グレートヒェンはその白くてたおやかな腕を上げ、ほっそりとした指で近くの山を指差した。
《夏になると、白い花がたくさん咲くの。ずっと昔、彼が私にくれた花。たくさんじゃなくていい、1輪だけ、そのお花を毎年くれないかしら》
やっぱり精霊の願いってささやかだよね! 別に人間の悪口というわけじゃないけど、これは人間じゃ思いつかない願いだよ。
「わかった。その白いお花の特徴は?」
《少し細い花びらがたくさん付いたお花よ。ここからでも見えるけど、あそこに群生しているの。花びらに細かい毛が付いていて、ここから見ると夏の雪みたいで綺麗なの》
「へええ、私も見てみたい!」
夏の雪みたいに綺麗、かあ。これは村の人に聞いたらすぐどの花かわかりそうだね。
《エルフの子、私からお願いがあるの》
私が見てみたいと言ったら、グレートヒェンが微笑ましい物を見る様な目をこちらに向けてきて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「なあに?」
《たくさんの花を摘まないでね。1輪だけでいいの。摘まれる花は生け贄にされる人間と同じだわ。命を余分に奪わないで》
優しい精霊の言葉に、私は大きく頷いた。
その日は、もう夜になってしまったから、私たちエルク討伐の冒険者は(何故かエイリンド様も紛れ込んでたけど)街の人の家に分かれて泊めて貰った。
私はエイリンド様に連れて行かれそうになったけど、フランカさんが奪い返してくれて、フランカさんと一緒に街長さんの家に。
次の日は森の王を解体するように頼んだ。呪われてたと聞いて街の人たちは最初嫌がったけど、「呪いは湖に帰りましたし、ここにあるのはでっかいエルク! しかも毛皮はちょっとの武器の攻撃では傷つかないほどの一級品ですよ!」と力説したらみんな俄然やる気を出したみたい。
元々、森の王のせいで被害もでてるし、少しでも取り返せるものは取り返したいよねえ。人間的には。
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