第25話 価値あるものとは
ザムザさんたちが街の人を引き連れて湖にやってきたのは、最後の遺体を陸地に引き上げたちょうどその時だった。
もうすぐ夜になるから何人もの人がたいまつを持っていて、その火を見るとほっとする。
呪いに耐えきれず、堕ちた精霊が多くなっていて、健全な水の精霊が少なかった。だから余計に魔力も持って行かれたし、時間もかかったって事みたい。
「カリン……! ああ、あの時の姿のままで。イルゼも」
一番立派な服を着たおじさんが、最初に引き上げた少女の前で崩れ落ちる。
少なくともふたりは、街長の娘さんみたいだ。
「あなたがジーメの街長ですか?」
カタリーナさんが傍らにしゃがみ込んで尋ねると、男性は声もなく頷いた。
「このおふたりはあなたの娘さんですか?」
「……ああ、そうだ。カリンは一昨年、イルゼは8年前に湖の精霊への捧げ物として……」
「それだけじゃないですよね。他にもあなたのご家族がいるんでは?」
カタリーナさんの声は優しいのに、街の人たちは彼女から目を背ける。
まるで、都合の悪い事実を明らかにされるのを拒む様に。
「この子はフランツ、姉の息子だ。そしてこっちはニコ、私の一番下の弟。そして、私が幼い頃に捧げられた姉のロッテ……私の家族は、いや、私の一族は街長という座にまつりあげられた生け贄の一族だ……」
「酷い……」
生け贄って、割と立場が弱い人とかからだったり、順番だったりすることがあるみたいだけど、「街長としていい思いをさせてやるから、生け贄はおまえの家から出せ」って、随分汚い手口に感じる。
街の他の人は、特権を持ってる街長なんだから、生け贄くらい出して当たり前だって逆差別みたいに思ってるみたいだし。
「生け贄で利益を得ようなんて浅ましい考え方だわ。受けた恩恵と同じだけの災いが形を変えて戻ってくる。それだけよ」
相変わらず硬い声のフランカさんが吐き捨てる様に言う。私もエイリンド様の腕の中から抜け出して、なんとか自分の力で地面に立った。
「大丈夫か、ルル」
「はい、おかげさまでなんとか。――聞いてた感じ、生け贄を捧げる間隔が短くなってきてたんじゃないですか? 街長さんのお姉さんの次が弟さんだとして、そこに何年くらい間が開いたんですか?」
「姉は、6歳だった。それから20年ほどして当時12歳だったニコが。――確かに、娘のイルゼを豊かの祈りに捧げただけでも私には辛かったのに、僅か数年でカリンまでこの冷たい水の中に沈めなければならなかった。もう次はどうなるのかと思うと、私は……」
街長さんは頭を抱え込んで泣きじゃくる。
8年前の次が一昨年だと、6年しか間がない。それより前の20年とかと比べると、あからさまに詰まってる。
そりゃあ、次はどうなるのかって思うよね。今年また生け贄を捧げなきゃいけないのかって思うもん。
「街長さん、そして街の方たち、聞いてください」
ザムザさんからたいまつを受け取ると、私は湖にそのたいまつを向けた。
綺麗な景色だと最初は思えたけど、今は黒いその水面の下に黒い淀みがたゆたっている様に思える。
「森の王は、豊かの祈りで生け贄を捧げたことにより呪いが起きて、その呪いから生まれたものです。もう、これ以上湖の精霊の求めるがままに生け贄を差し出したりしないでください。……街長さん、もしかして、あなたの一族は精霊の声を聞くことができるのではないですか?」
そうじゃないと説明が付かないんだよね。
私の友達である小さい精霊以外にも山そのものだったり湖だったりの精霊っているんだけど、その声が直接聞けるのでなければ、儀式がそんな不定期になったりしないはず。
「そうだ……私の一族はこの地で精霊の声を聞いて暮らしてきた。だからこそ! 生け贄にするには相応しいとされて!」
「精霊の悲鳴も聞こえたはずでは?」
「ああ、聞こえたとも。助けてと、まるでイルゼのような声で毎日毎日語りかけられた……。だが、生きている人間の声に比べたら、そんなものはどうってことないんだよ」
私が街の人たちの方に顔を向けると、何人かに睨まれた。
これは……やっぱり街長さんは儀式を執り行っていたけれども、街の人たちからの圧力があったんだ。
「生け贄を捧げる儀式は二度とやらないでください! 呪いがエルクを森の王に変容させた。その森の王は街に災いをもたらした。わかるでしょう? 『何かをください』というだけじゃ悪いから生け贄を捧げようと思ったのかもしれないけど、それは間違ったやり方です。生け贄ダメ! 絶対!」
「じゃ、じゃあどうしろって言うんだ! 酪農だけじゃ暮らしていけない! 湖の魚が減ったらそれは飢えに直接繋がるんだよ! 綺麗事を言うのは簡単さ、だが、それだけ言うなら教えてくれよ。この北の地で、どうやって飢えずに暮らして行ったらいいのかを!」
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