第24話 豊かの祈り
水草の漂う、豊かな湖。魚もいっぱいいて――そこに、船の上からこどもが投げ入れられる。ああ、これは現在の景色じゃないんだね、過去にあったことなんだ。
手足をロープで縛られて泳げない様にされた女の子は、叫ぼうとした口からゴボゴボと泡を吐き、長い髪を水の中で広げながら沈んでいく。
「湖の精霊様、どうかこれからも我らに豊かな恵みをもたらしてください」
船の上と岸辺とで同時に行われる、「豊かの祈り」は生け贄を伴った。
捧げられた生け贄は、真冬の冷たい水に投げ入れられたせいか、腐ることもなく生きているときと同じ姿で今でも水底に漂っていた。何人も、何人も。
エルクたちはこの湖で泳いだり、水草を食べたりして、呪いの影響を少しずつ少しずつ蓄積させていった。それが限界に達したとき、群れの中の一頭がその呪いを全て引き受けて「森の王」と化す。
――この湖であったこと、全部を見せられた。
「酷い……生け贄まで使う豊かの祈りなんて、ただの呪いじゃない! あの森の王は、それを背負って街に返してたんだ。あの破壊は、街の人たちが望んだ豊かさの反動だったんだ!」
「生け贄に、呪いですって?」
私の叫びに応えるフランカさんの声が硬い。こんな怖い声聞いたことないってくらいに。
「やめさせないと、そんなこと」
「当たり前です! 今までの犠牲者をみんな陸に上げて、弔ってあげなきゃ。冷たすぎる水のせいで、死んだときのまま水底に沈んでるんです。
宣言したその瞬間から、じわじわと力が吸い取られる感覚が私を襲う。水の中で呪いと嘆きに屈しなかった水の精霊たちが、力を合わせて遺体を引き上げてくれている。
最初のひとりが岸に打ち上げられたとき、私は思わず息を飲んだ。
水の精霊に見せられた、生け贄の儀式。その時と同じ姿のままの少女が目の前にいたからだ。
ただひとつ違うのは、肌の色。灰色がかった肌の質感は、まるで蝋燭の様で――前世の知識として知ってたけど、これは屍蝋化してるんだ……。
服も劣化していないのは、もしかしたら呪いの影響とかがあるんだろうか。
「生け贄には、価値のある物を捧げた方がいいんですよ。……この子たち、割と身なりがいいですよね。顔もよく見ると似通ってます。多分農家のこどもじゃなくて、もしかしたら街長の……」
次々と湖の中から現れる遺体を、痛ましげな目でカタリーナさんが見ながらそんなことを言ったとき、私の視界は大きく揺れた。
「あ……」
頭から血が下がる。急激に全身を寒さが苛んでくる。
思ってたより遺体が多くて、魔力を使いすぎた。
どうしよう、このままだとここで倒れ……。
「ルル!」
冷たい水の中に私がまさに倒れ込もうとしたとき、よく知った匂いが私を包み込んだ。
緑濃い森の匂い。視界をかすめるプラチナブロンドの髪。
「エイ……リンド様? どうしてここに」
「そんなことは後でいい。水の精霊よ、代わりに私の魔力を持っていってくれ」
水に膝まで浸かっていた私を抱き上げて、エイリンド様が精霊に請う。歪んだ顔から察するに、やっぱりかなりの魔力を持っていかれてるみたいだ。
「エイリンド様……」
か細い声で私が名を呼ぶと、麗しのアホ師匠は妙に優しい声で「なんだ」と答えた。
「頑張れー」
「……くっ、一瞬でも礼を言われるものだと思った自分が悲しいな!」
エイリンド様は歯を食いしばりながら、私を抱き上げたまま頑張った。水の精霊が全ての犠牲者を引き上げてくれた頃には、日が傾いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます