第14話 あのパンを作ろう
次に向かったのは食料品店。……薄々思ってたけど、小麦粉もバターも砂糖も高いなー! 売ってるだけマシなのかな?
お値段を見て、自分で「使ってもいい」と思ってる予算を考えて、どれもギリギリの量を買うことにした。
これから作るものは、エイリンド様に食べさせてギャフンと言わせればいいだけで、たくさん作る必要はない……んだけども! だけども、私も食べたいんだー!
食料品店で揃わない材料はひとつだけだ。そのひとつと設備を求め、私はパン屋に連れて行ってもらった。
「こんにちは! メイデアのエルフです! お伺いしたいことがあります!」
堂々と名乗りを上げたら、その場にいた人が全員物凄く驚いている。ザムザさんなんかやつれたみたいな顔になって驚いている。
「おまえは……もう少し自重してくれ」
「でも人に協力を仰ぐのに、こちらの素性も明かさないのは失礼だと思います」
「正論なんだけど、しっくり来ないのよね……ルルが言うと」
「エルフ……初めて見た……」
パン屋のおじさんはぎょっとした顔で私をしげしげと見た後、エイリンド様に気づいて仰け反って驚いていた。一般エルフの私でも十分美少女なんだけど、エイリンド様はまさに人外の美貌だからねえ。
「あのー、訊いてもよろしいでしょうか?」
「はっ!? なんだい? 俺に答えられるかはわからないが……」
パン屋さんが話を聞いてくれる姿勢に入ったので、私は彼に近付いていって耳元でこそっと質問をした。エイリンド様にネタばらししたくなかったから。
「それは……聞いたことがないな。そんなに贅沢な材料の使い方もしないし」
「よしっ! じゃあ、名物になるようなものを作ってみせますので、パン種を少しだけ分けていただいて、設備をお借りできませんか? あと、ここの設備を使い慣れていないので、ご指南をお願いできると嬉しいです」
パン屋さんは突然現れたエルフのうさんくさいとも言える提案に悩んでいたけど、私が作りたいものの材料を聞いただけでそれは凄いものになると想像が付いたらしくて、了承してくれた。
私からのお礼は、試食と、レシピを渡すこと。あくまでパン屋さんが気に入ってくれればのことだけども。
「じゃあ、すみませんが、しばらくエイリンド様を連れてここを離れていてもらいたいのですが」
「だが、ルルの側を離れるのは……」
私が人間に騙されると思い込んでるエイリンド様が当然のように拒否したけど、フランカさんがここで私を見張るってことでなんとか妥協してくれて、ザムザさんに連れられて外へ出て行った。
多分、人間の街にいるのも落ち着かない気分だったんだろうなあ。そうでなければ引き剥がすのはもっと大変だったはず。
さて、それでは始めよう!
パン屋さんとフランカさんに教わりつつ、材料を計量する。お店で買ったときに大体は量ってあるんだけど、酵母が入ってるパン種をどのくらい分けてもらえるかわからなかったから、少し多めに買ってあるんだよね。
ドライイーストが発明されたのは第二次世界大戦中。戦争って、善いものではないけどもいろんな技術が発展するんだよね。缶詰瓶詰もナポレオンが糧食として発明を推奨したんだし。
まあ、そういう事を知ってたから、この文明レベルではまずドライイーストはあり得ないなってわかってたし、そうしたら酵母はパン屋さんが代々継いでるやつしかないだろうなって推測できてよかった。
つまり、パン種ってのはパン屋さんにとって物凄く大事なもので、おいそれとは分けてもらえない。そこで私が先に提案したのは、レシピ提供と「エルフの秘術」だ。
それと、作った物はここで食べて、持ち出さないことも約束した。
秤は、博物館とかで見たことがあるけど使い方はわからなかったタイプのもの。
計量は手伝ってもらい、酵母液を作って生地をこねるところから始める。
小麦粉だけで作るパンは贅沢品。だからパン屋さんは私の手元を「火がつくわ」ってくらいに見つめてくる。ちょっとの情報も漏らすまいとしてるんですね。
酵母が入ったパン種と少しの砂糖をぬるま湯に入れて、酵母を増やす。
「
水と土の精霊の力で、酵母の繁殖を促進。するとすぐにパン種を溶いたぬるま湯は、プツプツといい始めた。うん、発酵してる音がする。糖を酵母が食べて、炭酸ガスが発生してるんだね。このときにアルコールも発生するんだけど、パンを焼くときに飛んでしまう。
材料を計量したボウルに酵母液を入れて、手でグルグルと混ぜて粉をまとめる。普通のパンを作るときはびったん! びったん! って音がするくらい生地を台に打ち付けてこねるんだけど、今作っているものはそこまではしない。
陶器を焼くときみたいな生地の練り方。手のひらで押して転がして、ぐにーぐにーってこねる。
「エルフのお嬢さんは、どこでパン作りを覚えたんだい?」
私の慣れた手つきが気になったのか、そんなことをおじさんに問われた。
「エルフもパンは食べますよ。でも多分人間の食べてるパンの方が美味しいです。これから作るものは偉大なるエルフの女王の知恵より授かった秘術の賜物で、実はエルフも食べたことがないようなものなんですが」
だから作り方自体は知ってるんだと説明したら、おじさんは満足げにしつつきらーんと目を光らせた。エルフのパンより人間のパンの方が美味しいってところが自尊心を満たしたんだろうか。ほんと、食べさせてあげたい、あの顎を頑丈にするパン。
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