第12話 説得(物理)の下準備
翌朝、起きた瞬間に私は目を疑った。
昨日フランカさんと一緒に寝たはずなのに、何故か目の前に綺麗すぎるエイリンド様の顔があったのだ。
すうすうと寝息を立ててるけど、その手は私の背に回されており――。
「ぴぎゃーーー!! 事案ー!!」
その顔面にビンタを思いっきりたたき込み、私はゴロゴロと回転してその場を離れる。
「あっ……先に起こしておくべきだったわ」
焚き火の前にいるフランカさんの前まで転がっていったら、そんなことを言われた。えっ、仕組まれた? いや、こうなるかもって事をわかってて放置された?
「あー、朝からうるせえ」
私の叫びでザムザさんが起き上がる。エイリンド様は、今の一撃で起きてめちゃくちゃ呻いてる。
「なんで、なんでフランカさんの代わりに、エイリンド様が私と寝てるんですか!?」
「夜中にザムザと見張りを交代したのよ。その時にルルは起きなかったし、そのなんとか様が食事もしてないのに一晩中起きてるのも辛いだろうから、寝たらどうかって提案したのよね。そしたら、当たり前みたいに私が寝てた場所でルルを抱えて寝始めたから、それが普通なんだと思ってたけど……違ったのね」
「止めてください! 幼児性愛者です!」
「いや、190年前ならともかく、今の嬢ちゃんならギリギリいけるだろ」
「すみません、人間の世界で一般的に女性が結婚するのはどのくらいの年齢ですか? ちょっと私の感覚とは違うみたいなんですけど」
「国や宗教の違いがあるかもしれないけど、この国の農村部だと今のルルくらいで結婚する子もいるわ。うちの姉なんかがそうよ。確か12歳の時だったと思うわ。そうよね、ザムザ」
「ああ、そうだったな」
オーマイガッ! エルフの価値観でいってもそれは若い!
前世の記憶で言うと、それは文化レベルが低くて致死率が高い世界だ!
つまり、肉をあの手この手で食べる方法があまり発達してない!
「そっかぁ……じゃあドライエイジングとかないかもしれないのか……チクショウ! 乳廃牛も美味しく食べられる神の技術なのに!」
「あなた、時々全く意味がわからないことを言うわね。とりあえずお肉関係らしいということはわかったけど」
「それで十分ですよ! 肉か肉以外か、その分類しか世の中には必要ないんです」
「その理屈で言うと俺たちも肉で、おまえに食われる運命になるが……」
「細かいことはいいんです! メイデアはエルフの里だから文化が独特なのは仕方ないし、昨日の村は田舎だからいろいろ発達してないのかと思ってたら――ううーん、ガチ案件」
精霊魔法は使えるから、お肉から水分を抜いたり乾燥させたりすることはできるはず。でもエイジングは日数も必要になるから、そこを短縮するための方法を考えないと。
村の人と話してて、人間にも魔法使いはいることはわかった。もしかするとエルフが普段使わないような魔法が発展してる可能性もあるなあ。
次の街でちょっと聞き込みをしてみよう。
「ところで、どうする? 目が覚めたらルルとよく話し合えってザムザがこの人に言ったらしいんだけど」
あー…………。
どうしよう。
顔に紅葉模様(私の手形)を付けたエイリンド様が、アンデッドですかってくらい鬱々とした様子で起き上がってきた。
しますか、話し合い……。
そして、「戻れ」「戻りません」の押し問答の末、次の街で私がエイリンド様を納得させられなかったら私の負けという事になった。
いや、「負け」て……。
そもそも、あんたが口を突っ込んでこなければ、女王様の正式なお許しも出てるんだし大手を振って旅ができたのに。
この人はいろいろこじらせてる面倒な人で、特に私を見る目には特殊フィルターが掛かってるから、ガチに納得させないとどこまでも邪魔をしてくるだろうなあ。
しかし、私には前世の知識こと「エルフの秘術」がある。
ちょうどよく、寝てる間に見た夢で何を食べさせたらいいかも決まった。ぶっちゃけ、エルフが抵抗なく食べられそうな物ーってずっと考えてたら夢に出てきたんだけど、私も食べたいやつだ、
「この辺りって小麦は採れるんですか?」
昨日の残りのパン粥をすすりながら尋ねると、ザムザさんが頷いた。
「ここより少し北でも栽培してる。まあ、一般的じゃないけどな」
「……やっぱり」
小麦は肥料を食うし、栄養価だけで見たらライ麦の方が高い。
その上ライ麦の方が寒さに強いし痩せた土地でも育つしで、美味しさ以外あんまり小麦のアドバンテージってないんだよね。
その代わり、収穫できたら換金性は高いはず。開拓期のアメリカを書いた本でそんなことを読んだ。
「じゃあ、次の街って小麦粉やバターは買えそうですか?」
「買えないことはないが……」
ザムザさんが眉間に皺を寄せてため息をついた。
察しましたよ。お金ですね。バターは高価だもんね。
「お金は……なんとかします」
パン粥を食べたお椀を手に、私は川へ行ってそれを洗ってきた。ついでに周囲を観察。足跡とか、フンとか、そういうものがないかを。
それから30分もしないうちに、私は鹿を担いで焚き火の前に戻ってきた。
川向こうに新しい痕跡があったから、すぐ見つけられたんだよね。
急にいなくなったと思ったら鹿を捕って来た私に、みんな驚いている。すみません、一言先に言うべきでした。
「これを売ります」
「確かに……売れるが」
ドン引きのザムザさんを尻目に、かろうじて生きていた鹿にその場でとどめを刺し、すぐに血抜きを始める。
血抜きと内臓抜きをすぐしないと、生臭さが残るのだ。売るときには皮も重要だろうから、できるだけ皮を余計に傷つけたりしないようにさばく。
唸れ、私の
胃の内容物が逆流したりしないように、まずは喉を切り開いて食道を露出させ、そこを縛る。そして、そこから肛門まで一気に切り開いて、内臓を傷つけないように全部取り除く。
お腹の辺りは柔らかいから、切りすぎると内臓を傷つけてしまって、肉に臭みが移ることがある。注意注意。
見せたことがないくらい真剣な顔で鹿を解体する私を見て、3人は絶句している。特にエイリンド様が倒れそうな顔色してる。
「よいしょっと!」
鹿の足を縛って、ロープを使って木に吊す。最初にこうした方がやりやすいっていうんだけど、私は体が小さいのでそれをしちゃうと手が届かなくなるのだ。
ロープを固定して血抜きをしっかりしてる間に、取り除いた内臓は風下へ持って行って置いてきた。後で森の動物が食べるでしょう。
「すみません、時間取らせちゃって」
「いや、そういうことじゃ……ああ、なんかもういいや」
私に何かを突っ込もうとして、ザムザさんが諦めていた。
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