第11話 ラードを使ったパンは実質肉料理なんですよ! 

 秋も深まってきたこの頃、野宿は割と辛い。

 せめて一番分厚い外套を持ってくるべきだった――私は焚き火に当たりつつちょっと後悔していた。

 あまりにも準備なく飛び出してきたよねえ、本当に。


 堅焼きパンを水で戻して煮ただけのパン粥は、思っていたより美味しかった。そう、思っていたより!

 ほんの少し足していた塩味がちょうどいいし、意外に粉のうまみがでている。船に積んで航海をするようなガッチガチの堅焼きパンだったけど、煮たおかげでトロトロだったし。

 あと、この独特の風味は、多分バターの代わりにラードを使ってる気がする!


「おいしー! エルフの麦粥よりよっぽど美味しいー! 塩味にほのかな甘みが絶妙! 寒いときにはこのトロトロが暖まるー! これにイノシシのベーコンとか入れて食べたらもうパラダイスでは?」


 スプーンが余ってないので、パン粥は吹き冷まして木製の椀からずぞぞぞぞっと直接すする。

 盛大に音を立てながら「んまぁー、んまぁー」と質素なパン粥をすする私を見て、ザムザさんとフランカさんはなんとも言えない微妙な顔をしていた。


「まあ、まずくて冷たい物を食べ続けてると気力が落ちるからな。携帯食はそれなりのものを買うようにはしてるが……」

「むしろ、これでこんなに感動するって、普段はどんなものを食べてたの?」

「よくぞ聞いてくれました!」


 大事なパン粥がこぼれてしまわないよう、一度地面に椀を置いて私は拳を握る。

 この200年ほど、生まれ変わってから私が食べ続けてきたエルフの料理をとくと聞け!


「パンはカルビン村で食べたみたいな黒麦を使ったもので、生地にクルミとかの木の実やカボチャの種とかを混ぜて焼くこともありました。栄養価は高いけど甘みが少なすぎるし、酵母のせいか膨らみも悪くて固い!

 エルフは顎が丈夫なので、固くなってもこんな風にパン粥にする工夫もしないで、バリバリと噛み砕いて食べます。

 それと、基本的にはシチューですね。もちろん植物のみです。ニンジンやジャガイモとかの根菜が主で、季節によってキノコや豆が入ります。これも栄養価は高いだろうけど、味付けが塩とハーブのみだから薄味だし、あっさりしすぎ。

 後はサラダとか……甘いものは果物と蜂蜜だけですね。今の時期だと真っ赤に熟した柿が甘くて美味しいけど、日持ちしないし、一瞬の楽しみで……」


 物凄い勢いでしゃべる私と、微妙な表情のままで私を見守る人間ふたり。


「そんなに悪いようには聞こえないけど」


 フランカさんは首を傾げ、ザムザさんはパン粥をスプーンで口に運んで眉を寄せた。

 なんと! この堅焼きパンの素晴らしさとエルフの草食の酷さがわからないとは!


「いや、全然違うでしょ!? この堅焼きパン、油脂としてラードを使ってますよねえ? 香りが違うもん! 風味が強いもん! ラードを使って作ったパンなんて、実質肉料理なんですよ!

 エルフの料理はそれがない! とにかくコクがない! サラッサラで脂っ気が全然なかった!」

「い、言われてみれば……」

「そういえばこのパンってラードを使ってるわね。豚肉はソテーしか食べたことないはずなのに、よくわかったものだわ……」


 ギクーリとした私だけど、昼間食べたソテーには脂身も付いていたからギリセーフ。「鼻がいいので!」と胸を張って押し切った。


 食べ終わったら寝る準備だ。ザムザさんは先に火の見張りをすることになり、毛布代わりの防水布を寒さ避けに被って焚き火の前にいる。

 フランカさんは落ち葉の上に防水布を敷いて半分に折って包まりながら、私を手招いた。


「そのままじゃ寒いでしょ。人間と一緒に寝るのは嫌かもしれないけど、こっちに入る?」

「全然嫌じゃないですよ、ありがとうございます」


 着の身着のままだけど、いそいそとフランカさんの胸元に潜り込む。おそらく大人の男性基準で作られている野外用の防水布は、こども体型の私と女性のフランカさんを一緒に包むことができた。

 ベッドのように快適ではないけど、ふたりでくっついているとそれだけで温かい。わあ、なんか、凄く懐かしい気分……。


「エルフでも、こどもはやっぱり温かいのね」

「そうですね、わー、誰かと一緒に寝るのって凄く久しぶり……うんと小さいとき以来かなあ……それは百何十年前か……フランカさん、あったかーい」

「はいはい、黙って寝ましょうね」


 ポンポンと背中を叩かれて、思わず小さな笑いが漏れた。

 あー、今日は美味しいお肉を食べられたし、いい人たちにも出会えたし、良い1日だったな……。


◆◇◆◇


「嬢ちゃんたちは眠ったぞ。そろそろ寝てる振りはやめたらどうだ」


 ルルエティーラとフランカが穏やかな寝息を立て始めたのを確認して、ザムザは落ち葉の上に寝かされたエイリンドに声を掛けた。

 しかめっ面のまま起き上がったエイリンドは、髪につき放題になっている落ち葉を手で払い、おもむろにザムザに視線を据えた。


「いつから気づいていた?」

「多分あんたが目覚めたときだ。さっきの食事中だな。ルルは気絶したあんたを置いていくと言ったんだが、冷静になって話し合うのが必要だと思って、勝手ながら連れてきた」

「……気遣い、感謝する」


 焚き火ににじり寄りながら蚊の鳴くような声で礼を述べるエイリンドに、ザムザは目を剥いた。昼間、あれだけ謝る謝らないで大騒ぎになったのだ。まさか礼を言われるとは思っていなかった。


「何だその顔は、恩義を感じればエルフだって礼を言うのは当然のことだ。例え相手が人間であっても」

「……ああ、なるほど。感謝と謝罪は全く別って事か。納得した」


 無精髭が浮いた顎を撫でながらザムザは唸る。彼の人生の中でもエルフを見かけたのは過去に一度あるくらいで、エルフに接したのは今日が初めてだったのだ。

 ルルエティーラが語る「謝らない」エルフ像はザムザが知っていた「誇り高い」エルフに近い。その分、ルルエティーラ自身は一般的に知られているエルフからはかけ離れている。


 今日は半日、彼女に振り回されっぱなしで過ごしてしまった。何故か相棒のフランカはルルを気に入ったようで、抱きかかえて眠っているが。


「パン粥くらいしかないが、食べるか?」


 朝に食べる分を残してある鍋を見せながら美貌のエルフに問いかければ、彼は焚き火に照らされてオレンジ色に輝いている髪を振りながらそれを断った。


「メイデアの森は人の世界の大きな街からは遠い。それは貴重な食料なのだろう。ルルは貴重な食料を分け与えられたことを恩義に感じているようだった」

「確かにそれほど余分を持ち歩いてるわけじゃないが、不測の事態に備えはしてある。昼間ルルが食べた豚肉の方が余程高価だったぞ」

「ルルゥ~……」


 黙って真面目な顔をしていれば男性のザムザでも見とれてしまいそうなのに、エイリンドは弟子の行動を聞いて顔を覆うと情けない声で呻いた。その様子は酷く人間くさい。


「とりあえず、落ち着いてからゆっくり話し合うことだ。怒鳴り合いをせずに」

「……助言を受け入れよう。火の番は私がするから、おまえは寝るといい」


 生真面目そうなエルフの申し出にザムザは一度目を見開き、口の端に軽く笑みを浮かべて小枝を火の中に放り投げた。


「いや、月が傾くまでは俺も起きてるさ。さすがに客人ひとりに火の番をさせるわけにはいかん。……飲むか?」

「いらん」


 ザムザが取り出した安ワイン入りの革袋を向けられ、エイリンドは苦い顔のままで辞退した。

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