第9話 師匠バカじゃなくてバカ師匠だった件

「我が弟子を助けたおまえたちに対しての非礼は詫びる……」


 真っ赤になって震えながら、エイリンド様が頭を下げることもなく口先だけの謝罪をした!

 手が、握りしめてる手が真っ白ですわ! そこまで握りしめるか!? 爪食い込んでない?


 私とザムザさんとフランカさんは、珍しく全員の態度が一致した。

 つまり、驚きすぎて口をポカンと開けて絶句したのだ。


 私の概念で言うと、エイリンド様の態度はとても「謝罪」といえるものではない。でも、エルフとしては「詫びる」一言出しただけで凄い。


 どうリアクションしたらいいかわからなくて黙り込む私たち。

 非礼は詫びると言ったものの、なんかそれ以上何をしたらいいか分からない様子のエイリンド様。


 しばらく沈黙が続いた後、先に我慢が切れたのはエイリンド様だった。


「詫びると言っただろう! もういいな!? これでいいな!?」

「いやいやいや、よくないでしょう!? 謝る態度じゃないですよ、それは」

「では……では一体どうしたらいいんだ!? 何をすればおまえは納得してくれる!?」


 め、面倒くさい人だ……。

 エルフ、謝ることがなさ過ぎて、謝り方を知らない問題。


「こうするんですよ! 毒を盛ったとか言いがかり付けて申し訳ありませんでした! はい、復唱してください」


 私はエイリンド様の隣に行って、人間ふたりに向かって頭を下げて見せた。

 

 あれ? なんか私以外の全員が、目を見開いて口をパクパクさせてるんだけどどういうことですかね。

 

「ルル、その、ね……誤解が解けたなら無理に謝らせる必要はないと思うんだけど」

「フランカさん優しすぎですよ。元はと言えば私が密猟者に捕まったのは、エイリンド様がすぐさま私を助けなかったからじゃないですか。

 つまりザムザさんとフランカさんは、エイリンド様の尻拭いをしたわけなんですよ。

 エイリンド様聞いてます!? 自分の無責任な行動がどれだけ他の人に迷惑を掛けたのかって」

「いや……主に迷惑はおまえによって掛けられてるわけなんだが……」


 ザムザさんが弱々しく抗議してるけど聞こえないなァー!


「人間に……頭を下げろと?」


 まだ顔が真っ赤なエイリンド様がわなわなしている。血圧大丈夫かなあ。

 この人これでも1500歳くらいのはずだから、高血圧で倒れたり、いきなり脳梗塞とかで倒れたりしたらどうしよう。


「謝罪というのはそういうものです。自分の非を認めるなら頭も自然に下がるでしょう?」

「わた、わたしは! 密猟者どもの人数が思ったよりもいたので、早急に援護を頼んだ方がルルの身柄も確実に取り戻せると!」

「だからー、そこで『思ったより』とかが出る時点で指揮官としては甘いんですよ! さっさと謝って、里に戻って! それで『追ったイノシシが最寄りの村に迷惑掛けてる』って報告してください」

「………………だ」


 絞り出したようなか細い声。何言ってるか全然聞き取れなかったけど。

 だ? 嫌だって言いたいのかな?


「なんですか? 聞こえませんでした」

「おい、嬢ちゃん、追い詰めてやるな。どうしておまえはそうはっきりものを言いすぎるんだ」

「だって、『言葉は濁さずはっきり言え』って教わって育ったんですもん。この人に」


 ザムザさんが何故かエイリンド様をかばい始めた。

 そして私は小さい頃からエイリンド様に育てられたようなもんなんですよ。何故だか知らないけど。

 弓以外にも薬草の見分け方とかいろいろ教わってる。あらゆる面で「師匠」なんですわ。


「何故だ!! 何故おまえがそんなことを言うのだ!」

「うわ、びっくりした」


 聞こえないと言われたせいか、涙目のエイリンド様が至近距離で鼓膜破れるかっていう大声で怒鳴った。


「女王の息子である私が、特別に目を掛けて弟子にし、手塩に掛けて育ててきたおまえが! 私を慕っているおまえが!」


 んんんんん!?

 いや、別に慕ってませんけど? むしろスパルタ教育だったから、自分から好んでは関わりたくないというか。


「ルル、そのなんとか様と一緒に帰ってやれ」


 ザムザさんがそう言って私をエイリンド様に押しつけようとする。これは! あからさまな厄介払い!


「いーやーだー! 帰りません! まだ牛肉も羊肉も食べてないのに! 私はラムチョップが好きなんだ!」

「私より……私よりも肉を選ぶのか、ルル!」

「選びますよ!? というか、何故そこで自分が選ばれると思ってるんですか? どこから私がエイリンド様を慕っているという勘違いが起きてるんですか!」

「勘違い……だと?」


 真っ赤だった顔を今度は真っ青にしてよろめくエイリンド様。美形的にはそっちの方が似合うけど、そんなこと言ってる場合じゃないな。


 というか、本当にそんなことを思ってる場合じゃなくて、それに続いた彼の言葉に私はひっくり返りそうになった。


「幼い頃に『エイリンド様のお嫁さんになるー』と言っていたではないか! だから、私がおまえを守るのは当たり前で」


 それで、私に弓を教え込み、なんなら親より一緒にいたと!?

 私がときどきエイリンド様に妙に買われてるところがあるなーと思ってたけど、それは師匠バカで私びいきになってるせいだと思ってた。


 そうじゃなくて、もっと前から目が曇ってたんですね!?


「記憶にないしその気もないんですが!? それは何百年前ですか?」

「190年ほど前か」

「憶えてるわけがない! それ、エルフとしても思いっきり幼児! やばい、この人ロリコンだー!」

「なっ……!?」


 ロリコンという言葉を知らなくても、ディスられてるのは察したらしい。エイリンド様の青かった顔色が真っ白になった。

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