第8話 嵐の殴り込み 

 カルビン村を出ても当たり前に付いてくる私に、ザムザさんは盛大にため息をついている。


「お嬢ちゃんよ……簡単にエルフだって明かすのはやめてくれねえか」

「やっぱりそうなんです?」

「ねえルル……あなた『明かしたらまずいかなー』と思いつつやったのね?」


 疲れた顔で私を見てくるフランカさん。なんでこんなに疲れてるんだろうか、この人は。

 さっき村で休憩もしたし美味しいお肉も食べたのに。


「村の人の態度次第だと思いました。メイデアのエルフは閉鎖的だから人と関わることはあんまりないし、エルフが知らないところでカルビン村の人たちに一方的に被害与えてて悪印象を持たれてるなら明かしちゃまずいなって。

 でも、交流なさ過ぎて『あー、なんかいるよね』程度だってことがわかったので」


 私が答えたことが予想外だったらしくて、ザムザさんとフランカさんはめっちゃ驚いて私を見てる。


「思ったより、まともに考えた結果だ」

「思ったよりまともだわ」

「ねー! おふたりは私のことをどんな風に思ってたんですか!?」


 勢いだけで行動してるアホの子だと思ってたな!?

 勢いだけで行動してるのは間違いではないけど!


 ふたりは……無言で目を逸らした! これは、黒!


「それより、もう少し速く歩くぞ。先に行った3人に報酬を全て横取りされたらかなわん」

「え? 後3人いたんですか?」

「プラチナウサギの密猟者を捕らえて欲しいって依頼だったの。私とザムザだけでは手が足りないから、他の冒険者と組んだのよね。そっちは密猟者を捕獲して連行してるんだけど……問題は、密猟者がルルのことも捕まえてたってこと」

「……もしかして、ザムザさんとフランカさんが残ってたのは、私のため?」

「それと、プラチナウサギを解放したりするためだな。役割分担だ」


 ありゃー。私の油断のしわ寄せが……肉になったね?

 あそこで木から落ちてなかったら、プラチナウサギは食べられてなかったって事ですね?


 あっ、思い出したらよだれが……。あの柔らかい肉質と野生動物っぽくない脂ののり方! 絶品だったなー。


「おい、よだれ垂らして何を考えてるんだ。プラチナウサギか」

「なんで私の考えてることを的確に読み取ったんですか!? はっ、ザムザさんはもしや超能力者」

「なんだか知らんが、とりあえずおまえが肉のことを最優先で考えてるって事だけはわかってるからな」


 そんなにわかりやすいか、私。でも、私の肉への情熱を理解してもらえてるのは喜ばしいことですね。


「でも、プラチナウサギは本当に美味しかったわね。初めて食べたお肉があれなら、驚くのも無理はないかも」

「わかってもらえますー!?」

「私の出身地は辺境の寒村だから、それこそお肉なんて滅多に食べなかったわ。牛や馬はいたけど農耕用だったし、病気以外の理由で殺さないといけなくなったときだけ、食べられたわね。鶏肉はたまに食べたけど」


 馬かー。馬もいいよねえー。前世、ユッケとかで食中毒が起きて生肉が禁止された後でも、馬は生で食べられたし。

 馬刺し……レバ刺し……あれをニンニクと九州のこってりした醤油で……あ、やば。よだれが止まらなくなってきた。


「ねえ、今の話のどこに、よだれを垂らして魂飛ばすような要素があったの!?」

「えへへへへへ、生肉もいいなーって」

「生肉なんて食わねえぞ!?」

「そうだ、生肉を食べるエルフがどこにいる!」


 と言われましても、まだ食べてないけど食べたいエルフならここに……あれ?


 突如話に割り込んできた誰かが、私の腕を掴んで引っ張った! 誰かと思ったらエイリンド様じゃん!?


「エイリンド様!? どうしてここに!?」

「もちろんおまえを連れ帰るためだ。肉を生で食う? とんでもない!! それでも誇り高きメイデアの森のエルフか!」

「もうひとりエルフが――とんでもない美形……」


 フランカさん、驚くべきは多分そこじゃない。頭固いエルフが多いメイデアの中でも、びっくりするほど保守派なのがエイリンド様なんだよね。

 その人が里から出てきただけでも、私にとっては仰天ですわ。

 

「やだ、帰りません。私はザムザさんとフランカさんと一緒に、人間の世界でお肉を食べまくるんです!」

「そんなのおかしいだろう! 昨日までは『柿おいしー!』と果物をモリモリ食べていたおまえが! きっとそこの人間に毒を盛られたに違いない!」


 黙ってれば綺麗な顔なのに、眉がキリキリ吊り上がってるから凄い迫力になってるなあ……。


「おい、黙って聞いてれば……」


 ザムザさんが文句を言いかけたけど、その前に私はエイリンド様の手を思いっきり振り払った。ポカンとしている師に向かって、記憶が戻る前の私だったら言わないような事を叫ぶ。


「失礼にも程がありますよ! このおふたりはプラチナウサギの密猟者に捕まった私を助けてくれて、あまつさえ貴重な食料を分けてくれたんです!

 私が捕まったときにすぐに助けに来なかったエイリンド様が、その彼らに対して毒を盛ったとか言うなんて、筋違いにも程があります!

 エイリンド様なんて大っ嫌い! まずこのふたりに名乗れ! そして失礼を詫びろ! こっちはマリエンガルド様のお許しをもらって里から出てるんですからね!?」


 エイリンド様は真っ赤になってブルブルと震えている。エルフの自尊心、高いからなあ。謝れって言っても謝るわけがない。


「……メイデアの女王マリエンガルドの子、エイリンドだ。我が弟子を助けたおまえたちに対しての非礼は詫びる……」


 謝ったー!?

 うっそー!

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