第7話 マンドラゴラ栽培法

「ランラランララーン♪」

 

 私は木箱を抱え、スキップしながら村へ戻った。

 スコップを他の人に預けた女の子も、私の横で見よう見まねでピョコピョコ飛び跳ねている。


 村の人たちは、まだちょっと呆気にとられてる。


「あの木箱、あんなに揺らして大丈夫か」


 あ、そっちか。こけたら危ないかもしれないけど、山で転ぶような私ではないですよ。エルフだし。

 

 やがて村に着くと、腐葉土が置かれた村の広場の側に私は木箱を置いた。ラブラブマンドラゴラ入りの木箱を持ってた人も、慌ててそこに置いて距離を取っている。


「さて、このマンドラゴラ、売ると高いのはご存じですよね?」


 私を遠巻きにしたままでうんうんと頷く村の皆さん。


「食べても美味しいんです!」


 あ、ザムザさんの顎が落ちた。「おまえは何を言っている」って顔をしている。


「なので、売ったり、お肉と一緒に食べたりするために増やす方法を教えます!」


 いちいち山に入って捕まえるのも面倒だしね。


「こっちのつがいは、このまま放っておけば増えます。外に置きっぱなしでも平気ですけど、冬の間は夜の間だけでも家畜小屋とか少しでも温かいところに入れてあげるともっと元気になります。

 あ、日光に当てないと枯れちゃうので、晴れてる昼間とか冬以外は外に出して置いてください。そのための木箱です」


 ほおおーう、と感心したような声があちこちから上がる。

 ここまできてやっと、私のやってることが「理に適ってる」のが村の人にもわかったみたいだ。


「それと、マンドラゴラが増えたら、この2匹の横にちょこんと小さい葉っぱが出ます。そうしたら新しい木箱を用意してあげてください。そっちにどれかが移ります」

「離婚もあり得るのか……」


 村のおじさんがしみじみと呟く。うん、あるんですよ、離婚。場合によっては3匹別々の木箱に移るね。


 それから私は、肥料のあげ方とか水やりの頻度とか、そういうことを細かく説明した。

 とはいえ、マンドラゴラは半分魔物なので、自我があるし要求もある。

 水が足りなきゃ根っこ出して「みずー」って感じに喘いでるし、日光が足りなければ葉っぱがわかりやすくしおれる。


 多分だけど、普通の作物よりは余程育てやすい。――むやみに恐れなければ。


「環境がよければ、1年で2匹か3匹くらいは増えるかなあ。高いことは知ってますけど、具体的にいくらの値が付くかまでは知らないので、売るのは年に1匹か2匹くらいにしてください。それと、できれば、この村だけの秘密にしてください。――外に漏れると」

「外に漏れると!?」


 声を低くして警告しようとしたら、村長さんがごくりとツバを飲み込みながら怯えた顔で語尾を繰り返す。


「マンドラゴラが値崩れします」

「値崩れ……」

「そう、値崩れ! あちこちで栽培しちゃったら流通が増えるのは当たり前! この村で生産したマンドラゴラの買い取りが安くなっちゃうんですよ! 困るでしょ?」

「エルフの粛正があるとかじゃなくてよかった……まあ、確かに値崩れもこまるが」

「里から降りたことのないエルフの割に、人間社会の仕組みをわかってるのねえ」


 フランカさんの指摘にギクーリとする私。

 なんて言い訳しようかなあと冷や汗たらしながら悩んでたら、ザムザさんがフランカさんの肩をぽんと叩いた。


「俺はもう……こいつが理屈に合わねえことは諦めた」


 諦められてる!!

 好都合ですけども!


「じゃあ、最後に安全な収穫の仕方を教えますね!」


 お願いして樽と棒とロープを持ってきてもらう。

 樽の上にぼっちマンドラゴラ入りの木箱を置いて、その横に樽を挟み込むように棒を2本立てる。

 2本の棒の間に紐を渡して、マンドラゴラの葉っぱ部分の付け根にグルグル巻き付けたら――。


 えいやっと樽を蹴り飛ばす!


 村の人たちがムンクの叫びになってるけど気にしない!


 すると、どうでしょう! 固定されたマンドラゴラはそのままで、樽がなくなったことで木箱が下に落ちるのです!

 マンドラゴラは、こうやって収穫するのだ! こうすると叫ばない!


「ええええー」

「そんなやり方が!?」

「でもこのままだと、ふとした拍子に叫ぶことがあるから、すぐにここを切り落とします」


 マンドラゴラを掴んで、顔の鼻の辺りでスパンとナイフを振るう私。マンドラゴラは死ぬ!


「えー……」

「葉っぱは炒めて食べても良いし、乾燥させると解毒と鎮痛効果のある薬草にもなります。で、この山マンドラゴラは、根っこの辛みが特徴なんです!」

「山マンドラゴラ? マンドラゴラに種類があるのか」

「ありますよ。この、つるんとした形の葉っぱは山マンドラゴラ。生息地は主に標高高めな場所です。

 もっと平地で、水の綺麗な川辺にいるのが川マンドラゴラ。山マンドラゴラに似てますが、爽やかな辛みの中に甘みを感じるのが違いですね」

「あくまで評価基準は味なんだな……」

「沼地の近くに生息してるのが沼マンドラゴラ。葉っぱはギザギザで魔力をためる性質が高くて、満月の夜に収穫すると一番効能がありますね。でもはっきり言ってまずい」

「それも食べたの!?」


 もはやフランカさんの声が悲鳴だね。

 村の人はポカーンが止まらない様子。


「食べたって言うか、食べさせられたって言うか……。エルフは魔力を大事にしますから、どっかから入手してきた沼マンドラゴラを、150歳辺りで食べさせられるんですよね。

 あれは……なんか沼臭いし、えぐみもあるし、もう食べたくない」

「マンドラゴラは媚薬って言ったり、体を麻痺させる薬になると言ったりするけど……」

「あー、丘マンドラゴラと海マンドラゴラには毒性がありますね。でもちょっとだったら薬になります。山マンドラゴラは毒はないので安心して食べてください。滋養強壮の効果もありますよ。

 あと、何かすりおろせる道具ってあります?」


 村長の奥さんがチーズおろしを持ってきてくれたので「用途が似てるからいいか」って使わせてもらう。

 ガシガシとお皿の上でマンドラゴラをすりおろすと、おお……この独特の鼻の奥にツーンとくる香り!

 脂っこい牛肉に凄く合う奴……ぶっちゃけ、山わさびですわ!


「これはお肉に凄く合いますよ! ひゃー! 牛肉と一緒に食べたーい! ローストビーフにちょっと載せて風味を楽しみたい!」

「牛肉……おまえ、牛肉の味を知ってるのか?」


 ああっ、ザムザさんが私に向ける視線が、うさんくさいものを見る目になっている!


「(今世では)食べたことありません! 想像しただけです! 次は牛肉食べられるところに行きたいなー!」

「俺たちが依頼を受けたザドルガに行けば食えるかもしれないが、牛肉ってのは滅多に見ないぞ」


 なぬ!? 牛肉って一般的じゃないの!?

 前世だと「鶏・豚・牛」がメジャーで、ちょっとレア度を上げてアイガモとか羊だったけど。


 そういえば、牛って肉にするには効率悪いんだっけ?

 タンパク質取りたいなら昆虫が一番エネルギー効率が良いとか言われて、「私が食いたいのは肉であって虫じゃない」ってキレ散らかした覚えがあるけど。


 文明レベル的にあんまり食肉を育てる余裕がないのかなあ?

 いやいや、豚も鶏もいるんだし、地域性もあるのかもしれない。


 牛肉、食べたいなあー。


◆◇◆◇


 ルルエティーラがまだ見ぬ牛肉を思い、よだれを盛大に垂らしていた頃。

 カルビン村を一望できる森の大樹から、ひとりのエルフが彼女の様子を伺っていた。


 銀色の髪は風になびき、紫色の目は神秘的に美しい。エルフの女王もかくやという美貌の持ち主の名はエイリンド――メイデアの女王マリエンガルドの息子にして、ルルエティーラの師である。


 彼は凍り付くような眼差しで人間たちと楽しそうに過ごすルルエティーラを見つめ、枝の上で器用に頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「ルル~! 一体何をしているんだ! 頭を打ったせいか、肉を食べたせいか……ああ、あの純真無垢なルルが人間の世界に交じって無事で済むわけが無い!

 私が! 見守らなければ!」


 ――エイリンドは、ルルエティーラびいきの師匠馬鹿だったのだ。

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