第5話 早速登場「エルフの秘術」
こんなに美味しい豚を育ててる村が、苦境に陥ってるのを見過ごしていいのか?
否!! と私の肉魂が叫んでいる。
美味しい塩豚――そして塩イノシシをたくさん作ってもらうためにも、ちょっと現金収入を得るための手助けをしたって罰は当たらないだろう。
なお、この場合の罰とは「やりすぎ」って女王様が下してくる奴。
おそらく私の「やりすぎ」ラインは、かなり高いところに設定されていると思われる。
マリエンガルド様はほぼほぼ共犯者みたいなものだし。
「よしっ! 貴重なお肉を分けてもらったご恩をお返しします!」
すっくと立った私に向けられる、ザムザさんとフランカさんのぎょっとした目。
「イノシシはその気になれば村の人たちで狩れるんですよね?」
「ああ、まあ気合い入れて人を集めればなんとか」
こんなこどもに何ができるんだ? という視線を不躾に投げてくる村長さん。
失礼な。こどもだっていろいろ恩返しはできますよ。皿洗いとか肩たたきとかね!
でも私はエルフなので、もっと凄いことができるのだ。
「畑の肥料にもなる良い土をたっくさん作ります。少しだけ村の人に手伝って貰っても良いですか?」
にこーっと笑って提案したら、なにがなんだかわからないという顔をしながらも村長さんは頷いてくれた。
「おねーちゃん、葉っぱ持ってきた!」
「ありがとう! そこに置いておいて。お手伝い偉いねー」
「どんぐり集めとかいつもやってるから!」
見た目私より小さい7歳くらいの子が、ザルに落ち葉を一杯集めて持ってきた。
小山のようになっている落ち葉の山にそれをざあっと撒けてもらい、その子の頭を撫でると「えへへー」と嬉しそうに笑われる。
そんな私をザムザさんとフランカさんが、凄い目で見つめているのですわ。
「信じられない」
「見たことない、あんなの」
人間となじめる社会性のあるエルフが珍しいってか。まあね……。
エルフが人間の子を褒めて頭撫でるとか、エイリンド様辺りが見ればぶっ倒れるに違いない。
「ありがとうございます! ありがとうございます! みなさんのおかげでたくさん落ち葉が集まりました!」
村の人たちが戻ってきて落ち葉集めが一段落したので、小山のようになっている落ち葉の前で私は声を張り上げた。ついでに
落ち葉に水を掛けてから、村長の奥さんに借りた手頃な長さの棒を持って、私は歌いながら落ち葉の山をかき混ぜる。
一ヶ所だけじゃ混ざらないので、あちこち移動しながら。
「葉っぱ葉っぱ~♪ くだけて発酵してふっかふかになぁれ~♪ ふっかふっか~♪
魔力を込めながら歌い、くるくるとステップを踏みながら落ち葉を混ぜる。
サラマンダーの力で落ち葉を温めてもらい、ノームの力も借りて発酵を力技で進める。
米ぬかとかの発酵資材を入れずに腐葉土が自然にできるには、結構時間が掛かるんだけど、魔法で時短!
ミミズとかにもいて欲しいんだけど、今回はそれはいいや。
「お、落ち葉がどんどん黒い土に……」
私のへんてこな歌と踊りを「なんだこいつ」って見てた村人が、驚きの声を上げた。
濡れた落ち葉をかき回すには結構力が要るんだけど、エルフだから大丈夫! 細腕だけど見た目以上の腕力があるから。
そのうち、私の額に汗が滲み出す頃には落ち葉は全てふかふかで栄養豊富な腐葉土になった。
これ、実はね、メイデアの森の近くにはもっと栄養ある奴がたくさんあるの。
「ああ、これは……良い土だ」
森の匂いそのままの腐葉土。これは厳密に言うと土じゃないんだよね。
「本当はミミズにいろいろ食べてもらって、そのフンが混じったりする土が良いんですよ。豚のフンは肥料にしてますよね? この腐葉土に混ぜておいて、時々かき混ぜれば更に良い土になりますよ」
「お、お嬢ちゃんは魔法使いなのか!?」
魔法使い……確かに魔法は使うね。でもなんかニュアンス違うんだよな。
んー? と小首を傾げながら、私は答えに迷った。
「ここの山の上の方にエルフがいるんですよね? この村の人にとって、エルフってどういう存在ですか?」
その返答次第かなーと思いつつ訊いてみる。村人たちは顔を見合わせ、ちょっと悩んでる模様。
「いるにはいるが……山を降りてくることもないし、交流があるわけでもないし」
「話は聞いてるけど、見たこともないからねえ」
あ、そんなもんなんだ……よかった、「エルフ死すべし、慈悲はない」とか言われなくて。
いることは知ってるけど、自分たちには関係ないと思われてるならちょうど良いくらいかな。
「じゃあいいかなー」
私が頭巾に手を掛けると、フランカさんが声を出せないほど驚いた顔でこっちに手を伸ばすのが見えた。
「やめろー!」
ザムザさんは止めてきたけど、これ以上のことをするためには私の正体を明かさないとね。今回のイノシシが山を降りて来ちゃった原因のひとつはエルフっぽいし、そこもエルフの端くれとしてお詫びしないと。
耳を隠していた緑色の頭巾をはらりと落とすと、あちこちで驚きの声が上がる。
「私はメイデアの森のエルフなんです。お肉が食べたくてザムザさんとフランカさんにくっついて、里を出て来ました」
「肉を食べたくて……?」
「ルルちゃんが、エルフ?」
「こんなに気さくなエルフがいるなんて聞いたことがねえ……」
むむっ、村人さんたちの反応が、概ねザムザさんとフランカさんと同じだぞ?
「聞いたことないでしょうが、ここに実在するので信じてください!
メイデアのエルフは増えすぎた獣を調節するために狩ることがあります。今年、凄いイノシシが増えたって話は特に聞きませんでした。
でも、冷夏で山の上の方は食べ物が減ってた上に、エルフに追われたせいでイノシシがこの村に来ちゃったのかもしれません。
もし、そうだったとしたらごめんなさい!」
私が直角に頭を下げると、どよめきが更に大きくなる。
謝るエルフ、ウルトラレアだよね。わかる。
私の知ってるエルフたちも全然謝らない。人の足踏んでも謝らない。「そこに足を置いたおまえが悪い」とか言ってくる。
あいつら、謝ったら負けだと思うほどプライドが高い。
「エルフは普通肉を食べないので、狩った動物はそのまま森に還します。それも長い時間を掛けて土の養分となり、雨で流れてこの里に来る。そして、畑を富ます。
そういう営みで、山は巡ってるんです。でも今年のこれはあんまりよくない!
この美味しい塩豚をカルビン村でもっと作って欲しいし、あわよくばイノシシ肉も塩漬けにして欲しいし、あわよくばそれを燻製とかにしてくれると凄い嬉しいし、それが食べられたら私が喜びます!」
私の演説に村中がぽかーんとしてる。うん、真面目な話の途中から肉欲が抑えきれなくて。
おっと、塩豚の燻製とか考えたらよだれが出て来た……いかんいかん。
「そのために、塩をもうちょっと仕入れて、この冬を楽に越えられるよう、エルフの秘術でお肉のお礼をします! 木箱を3つほど貸してください!」
村の人たちはお互いに顔を見合わせ、ちょっと困っている。
まあ、突然付き合いのなかったエルフが里から降りてきて「肉うまー!」って騒ぎ散らした後にお礼をしますと言っても、トンチキ過ぎて反応に困るだろうね。
大人は「どうしよ?」って迷ってるんだけど、さっき私が頭を撫でた子が、「はい、おねーちゃん」って木箱を持ってきてくれた。
「わー、ありがとう!」
それを受け取って、私は素手で腐葉土をわしわしと木箱に詰めていく。
「何を、するつもりなんだい?」
村長さんが恐る恐るといった感じで私に尋ねる。私は満面の笑みでそれに答えた。
「秘密です!! 今はまだ!」
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