第3話 逃がさんぞ、人間ー!

 私たちが見つけた密猟者は男が3人だった。つまり、私が今見ているのはそいつらの足跡。

 こっちの足跡は男の足跡ひとつと、それよりも小さく歩幅も狭い女の足跡――ということは、こっちがザムザさんとフランカさん。


 焚き火は消しただろうけど、足跡と匂いは消せてない!

 時間も経ってないしね。ほんの少しだけど、煙の匂いがする。


 それらの痕跡を辿って、私は小走りに山を降りた。途中から煙の匂いは追跡不可能になり、足跡だけを頼りに彼らを追う。


 どうよ、この執念! エルフの里にいたとき身につけたけど、その時にはあんまり有効活用できなかった追跡技術!

 今、肉のために全開にするっ!!



「にゃっ!?」


 私が困ってしまったのは、落ち葉で道が塞がれていたところだった。今までも落ち葉はあったけど、ここは風の流れのせいで落ち葉が吹き溜まってしまったらしい。

 その先には分かれ道。道が乾いて、足跡は――見えない。


風の妖精シルフィード風の妖精シルフィード、話を聞かせて」

《どうしたんだい、エルフの子》


 私の手のひらに乗れるほどの小さな妖精が、姿を現した。金色の髪と、葉っぱや花びらで作られた服を着た風の妖精は、特にエルフと仲が良い。


「ここを人間がふたり通っていったよね? どっちへ行ったか教えてくれる?」

《だったら、ついさっき左の道を通っていったよ》


 ついさっき!

 風の妖精シルフィードはちょっとせっかちだから「ついさっき」が本当に私たちの感覚の「ついさっき」かはわからないけど、それなら走れば追いつけそう!


「ありがとう、シルフィード! 明日の朝お礼を用意しておくから、良かったら来てね」

《どこへいくつもりだい? この先は人間の村があるよ》

「その村へ行くつもり」


 私は答えて走り出す。人間の村があるとはっきりわかるなら、ちょうどいい。

 できるだけ音を消して走りながら、感覚を研ぎ澄ます。――ん? 微かだけど煙の匂い!


「ザムザさーん、フランカさーん! 逃がしませんよー!!」

「なっ、撒いたと思ったのに!」


 見つけたふたりの行く手を阻むように、木の上からスタンと飛び降りる。突然現れた私に、ザムザさんは酷いことを言った。


「撒いた……? 待ってるから行ってこいって言ったのザムザさんですよね? 撒いたと? 最初から逃げるつもりだったと!?」


 腰に手を当てて詰め寄ると、ザムザさんが後ずさって石につまづき、尻餅をついた。


「あーあ、だから言ったじゃないの。無駄よ、って」

「この嬢ちゃんを里から連れ出したなんて知られたら、エルフの連中に恨まれるに決まってるだろう! だから帰らせたんだ!」


 肩をすくめるフランカさんに、食い下がるザムザさん。

 なるほど? フランカさんは「逃げても無駄」と思ってて、私を置いていくのを決断したのはザムザさんだと。


「女王様の許可はいただいてきました。何も問題ありません。だから! 約束通り一緒に行かせてください! おーねーがーいー! 私(この世界の)人間の事情には疎いんです! そんないたいけなエルフを見放して、良心が痛まないの!?」

「うっ……」


 置いて逃げようとした負い目があるせいか、ザムザさんがひるんでいる。


「特にメイデアの森のエルフは閉鎖的って聞いてたんだ! 許しなんて出るわけないと……」

「でも、ルルは無理矢理抜け出して来ちゃうんじゃないかって思ったのよ。そうすると、エルフを誘拐したと思われて危険でしょう?」


 だから逃げた、と。

 フランカさんが言うには、一応私を待って、私がちゃんとお許しを得ていないようだったら説得して帰らせるつもりだったらしい。


「いや、だってよう、美味そうに肉を食ったり人間と気さくに口をきいたり、こんなエルフの話は聞いた事がねえ! 一緒に行ったらそのうちとんでもない事になるって俺の勘が言ったんだ!」


 ほう。ザムザさんはなかなか良い勘をしていらっしゃる。

 確かに、人間の里へ行ったらありとあらゆる手段を使って、肉を食べまくろうと思ってた。


 それこそ、女王様が「エルフの秘術ってごまかせ」と言ってたような、日本人だった頃の知識も駆使しながら。


 この世界の食文化がどれほど進んでるかはわからないけど、場合によっては革命を起こすことも辞さない! つまり今は革命前夜! Beginning of Reverse!

 Eve of Revolutionじゃないかって? 私の知ってる「革命前夜」は 「Beginning of Reverse」なんだよ。


「とんでもないこと、興味ないですか? もしかしたらおふたりが食べたこともないようなお肉の食べ方を、体験できるかもしれませんよ?」


 ふたりが呆気にとられている。多分このふたりは「冒険者」ってやつだよね。

 だったら、安定志向のはずがない。「とんでもないこと」には心をくすぐられるはず。


「さっき初めて肉を食ったような嬢ちゃんに、そんなことを言われても」

「エルフの秘術、それが私にはある!」


 あるかどうかわからないけど、ここはあるって言っちゃおう!

 私の持ってる知識と使える魔法でどこまで実現できるかわからないけど、一応いろいろあるんだ!


「諦めなさいよ、ザムザ。この子は絶対退かないわよ。――ルル、せめてその頭巾で耳を隠してちょうだい。メイデアの森に近いと言っても、この先の村の人たちはエルフに馴染みがないわ」

「やったー! フランカさんありがとう!」


 私はいそいそと耳を隠すと、フランカさんに飛びついた。


 ザムザさんはまだ何か言いたげな様子だったけども、ちょっとしてからすごーく長いため息をついて諦めたみたい。


 こうして私は、旅の同行者をゲットすることができました!

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