第2話 ルルエティーラ、人間の里に行きます!

「おじさんとお姉さん、名前はなんていうんですか? あっ、私はルルエティーラっていいます。ルルでいいですよ」


 私は既に決めていた。この人たちにくっついて人間の里に下りようと。

 それに当たって「おじさん」「女の人」と呼ぶわけにはいかないので訊いてみる。ついでに自己紹介。

 名前を訊くならまず名乗れっていうもんね。


「おじさ……どう考えても自分より歳上のエルフに、おじさん呼ばわりされると思わなかった」


 何故かショック受けてる様子のおじさん。こわもてだけど繊細なタイプなのかな。

 女の人の方も驚いてるけど、驚きながらも答えてくれる。


「私はフランカよ、そっちのおじさんはザムザ。あなたはルルエティーラね。……ねえ、自分から自己紹介するエルフって聞いたことないんだけど、本来はそんなに気さくなの?」


 すっごい困惑顔ですね。うんうん、確かにエルフ族は気位が高いから、自ら人間に名乗るシチュエーションってないだろうな。

 私は別だ。なにせ焼き肉食べ放題を楽しみに生きてた、元日本人の記憶が蘇っちゃったからね。


「私は特別です。他のエルフは人間相手に名乗らないと思います。フランカさんとザムザさんには助けてもらったし、美味しいお肉もご馳走してもらったし、これからもお世話になるだろうし。てへっ」

「これからもお世話? いや、俺たちは密猟者の撃退という依頼を終えたから、ここでお別れだ。おまえさんも里に戻るんだろう?」

「もっといろいろなお肉が食べたいので、ザムザさんたちに付いていこうと思ってます」

「誰だぁー! このエルフを餌付けした奴はー!」

「あんたよ、あんた!」


 きっぱり言い切ったらザムザさんが頭を抱えて転げ回り、フランカさんに頭をはたかれている。

 うん、このふたりは裏のなさそうないい人たちだ。


「ルル! 何をやってるの、こっちに戻りなさい!」


 そこに呼びかける厳しい声。この声は姉さんだ!

 振り向いたら、結構離れた場所にふたりのエルフが立っていて、困惑気味にこちらを見ている。


 私と同じ綺麗な金髪と翡翠色の目をしたお姉ちゃんの隣には、銀髪をなびかせたエイリンド様。

 エルフの中でも特にぱっと見の性別がわかりにくい人だけど、れっきとした男性だ。ただし、そんじょそこらの女性よりも美人。


「大丈夫ー! この人たちに助けて貰ったのー! で、一緒について行くことにしたー!」

「ルル!? 何を言ってるんだ! いいから一度戻りなさい!」

「嫌でーす! お肉美味しいんです! もう草ばっかりの生活に戻りたくありません!」


 お互い距離を取って怒鳴り合いをしている私たちを、目を見開いて人間のふたりが見ている。そんなに珍しいかな、怒鳴るエルフ。


「その……ルル、エティーラ? 一度戻ってちゃんと話を付けてきた方がいいんじゃないのか? エルフは人間以上に一族内の決まりが厳しいんだろう?」


 恐る恐る私にザムザさんが提案してくる。何を恐れてるのかな、この人は。取って食いやしませんよ?


「厳しい……のかな? 女王様の言うことは絶対ですけど、人間社会も貴族とか特権階級がいるんでしょ? (この世界の)人間社会のことはよく知らないから、ちょっと比べようがないですね」

「確かに」


 フランカさんの方は頷いて納得してる。


「でも、ルルはエルフの中でもこどもよね? 親とかいるんでしょ? 何も言わずに出てくるのはまずいわ」


 おっ、私がエルフの基準でもこどもだって見抜くのか!

 確かに私の外見年齢は人間換算で中学生くらいだよね。実年齢200歳超えてるけど。合法ロリって奴だ。


 むーん、確かに、女王様の許可も取らずに飛び出すのはまずいかな……。抜け忍のように追われたりしたら怖いし。


「じゃあ、ちょっと女王様にお許しを貰ってきます! お願いだから、ここにいてくださいね!」

「ああ、行ってこい行ってこい。待っててやるから」


 待っててやるという言葉の割に、私を追い払うような身振りのザムザさん。

 私はぴょこんとふたりに向かって頭を下げると、走って姉さんたちのところに駆け寄っていった。



 私が里を出ると言い出したことについて、里中が大騒ぎになった。

 そして、頭を打つ前から見るとちょっと態度の変わった私を、訝しげに見る人たちもいる。


 結果、家族と師匠からは「絶対許さん」という大反対。それをひっさげて女王様のところへ直談判に行ったところ――。


「ルルエティーラよ、そなたはまだ若い」


 御年3000歳超えの我らが女王、気高くも麗しき銀糸の髪を持つマリエンガルド様が私にしんみりと話し掛けてくる。


 あ、これはダメ出しのパターンかなあ。エルフとしても成年に達してない私には、里を出る資格がないとか。


「……若いからこそ、外の世界を柔軟に受け入れることもできよう。その心が望むままに、旅立つがよい。けれども、ここがそなたの帰る場所であることは忘れるでないぞ」

「母上ー!? 何故なのですか! ルルはあらゆる面で未熟! 人間たちにだまされる未来しか見えませぬ!」


 断固阻止派のエイリンド様がめちゃくちゃ焦ってるけど、エルフの女王の決定は絶対だもんね。


「大丈夫です! 多分私、エイリンド様が思ってるより(前世の精神年齢も足すと)しっかりしてると思います!」

「自分でしっかりしてると言う者が信用できるか!」


 この場にいないザムザさんとフランカさんに見せてあげたい。

 こんな美形のエルフも目ぇ吊り上げて怒るんですわ。


 マリエンガルド様はエイリンド様に下がるように言い、何故か私をちょいちょいと手招きした。呼ばれるがままに側に寄って、その美しすぎるお顔を間近で見るとちょっとドキドキする。

 さすがにね、女王様の息子が師匠とはいえ、私自身が女王様の側に寄る機会は滅多にないんです。


「もう少し、こちらへ。そう――ルルは久方振りの肉が余程気に入ったと見える」


 私の耳元でこそっとマリエンガルド様が呟いた言葉に、私は叫びそうになった。

 お肉食べてたことがばれてるのは、まあ仕方ないでしょう。女王様の宝物の中には万物を映すと言われる水鏡もあるんだから。


 でも「久方振り」なのがばれてるのはいかに!?


 私が言葉を失っていると、マリエンガルド様は口元に手を当ててホホホと品良く笑い、更に衝撃の一言を放った。


「これからの旅路、そなたの持つ出所不明の知識はいろいろと詮索されるであろう。もし困ったら、門外不出のエルフの秘術だとでもうそぶいて置くがよい。そう言っておけばそれ以上の詮索はあるまい」


 こ、この女王様、私が転生者だと知っている!

 だから、外に出ることを許可してくれるのかー!


「は、はい! ありがとうございます! 行って参ります」

「たまには戻るのだぞ? 外の世界から仕入れた知識や品物を、我らにも教えておくれ。――肉はいらんが」


 女王様のお許しゲットだぜ! エイリンド様はまだ「えー」って顔をしてるけど、私を止めることはできない。


 見回りの時に弓矢は持っていたから、それ以外に特に持ち物はない。そもそも、この里には旅に必要な物なんて置いてないし。


 私は喜びにぴょこぴょこと飛び跳ねながら、ザムザさんとフランカさんが焚き火をしていた場所へ行き――あれぇ?


 そこには丹念に消された焚き火の跡だけが残っており、ふたりの姿はなかった。

 にゃろー! 私が里に戻ってる間に逃げたなー!?


 この山を降りる前に絶対追いついてやる!

 エルフの追跡技術舐めんなよ!?

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