第2話 私は、登場人物A
「みお、実行委員どう?」
友人の早苗が私に尋ねた。
移動教室のため、教科書とペンケースを手に持ち二人で廊下を歩いていた。休み時間なので多くの生徒たちも行き交っている。私たちの声など消えてしまいそうな賑やかさだ。
早苗は私の数少ない友達で、悩みや本心を曝け出せる唯一の相手だとも言える。どちらかといえば大人しくて、でも聞き上手な大事な友達だった。私の性格もよく知っている。
そんな早苗に聞かれた時、頭に昨日の生徒会室での出来事を思い出す。遠野先輩の笑顔とマーブルチョコも一緒に浮かんできて、顔が赤面しそうになった。
「昨日、企画書を出しに生徒会室に行って」
「やだー、生徒会室にいくなんて、私たちには無縁だったのにね! どうだった?」
コロコロ転がるマーブルチョコ。恥ずかしそうに私の手からそれを受け取る先輩。なんでか脳内で繰り広げられるのは先輩の顔ばかりだった。同じシーンの再生を繰り返している。
胸がやけに痛くて痒い。初めて経験するその感覚を誤魔化すように、私は早苗に言った。
「遠野先輩に企画書見せてきたよ」
「会長さんじゃん……! それこそ話す機会なんてうちらにはないお人! どうだった?」
「やさ、優しい人だった」
早苗の前では吃ることはないのに、珍しく吃ってしまった。そんな私をどこか不思議そうに見てくる。彼女はなんでも言える友人のはずなのに、この胸の苦しさはなぜか言わない方がいい気がした。初めて、友達に隠し事ができた。
きっと放置しておくのが一番。そう思って。
「ふーん、まあいい人って有名だしねえ……あ、噂をすれば!」
そう早苗が言ったので勢いよく前を向く。少し離れたところから、先輩がこちらに向かって歩いてきていた。男子生徒に囲まれ、笑いながらやってくる。
その顔を見た瞬間、心臓は血管が耐えられないんじゃないかと心配になるくらい血流を増した。ドキドキして苦しい。
会いたくない、と思ってたのに。だって私先輩を見るとよくわからなくなる。
教科書を強く胸に抱き、顔を俯かせた。先輩の視線から隠れるようにして自然と足を早める。早苗が不思議そうに私に歩調を合わせた。
なにやら楽しそうに話している先輩が近づいてくる。その声が、彼だけはっきり耳に届いてくる不思議さ。他の人の声なんて雑音みたいなのに、遠野先輩だけ耳に届いてくる。あ、今笑った。なんでだよ、ってツッコんだ、なんて。心の中で反応してる自分が馬鹿みたい。
早く通り過ぎてしまいたい、と願いながら足を必死に運んでいる時、突然声がこちらに向かって響いた。
「こんにちは、須藤さん」
多分、私の心臓の血管は破裂した。
……と思ってしまうほどに動いている。驚いて顔を上げると、先輩が目を細めて微笑んでいる様子が目に入った。
挨拶、してくれた。私なんかに。昨日一回話しただけなのに。
こんにちは、とたった五文字を返そうと口を開いたが、声は出てこなかった。私は慌てて頭だけ下げ、返事もできないまま彼とすれ違った。
あの声が、背後に遠ざかっていく。
ようやく鼓動が普段の様子に戻ってきた。ふうと息を吐き、脱力したように体が重い。
「ほえーほんと優しそうな人だね、向こうから挨拶してくれるとか」
早苗が感心するようにいう。私も同じ気持ちだった。後輩の、しかもこんな登場人物Aに、あっちから挨拶してくれるなんて。
……もっと身だしなみを綺麗にしておけばよかった、なんて思うのはどうしてなんだろう。
「あれはモテるだろうね」
「あ、はは、そうだね」
「まあ、彼女いるらしいしね」
早苗が突然そう言ったので、私はつい足を止めた。彼女は不思議そうにこちらを振り返る。
「え? 知らない? 結構有名な人じゃん、綺麗な先輩で」
「え、知らなかった……」
「公認カップルって感じ。別世界だよねえ」
そう言って早苗は笑った。私も釣られて愛想笑いをした。
彼女、いるんだ。いや、むしろ当然かも。
あの人に彼女がいなかったら誰がいるんだろうと思うくらい、それは納得の情報だ。
ずっと飲み込めていなかった唾液をごくんと流した。何かが湧き上がってくるような、気持ち悪い感覚に陥りながらも、必死に平然を装って私は歩き出した。
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