第12話 2024/01/05 放射線治療

 今日は今年最初の病院。放射線治療科の初診だった。予約の時間よりちょっと早めに着いたので、しばらく待合のソファに座っていたのだが、目の前の大画面テレビではラヴィット!が流れていた。困るよな、あんなところで笑うのも気が引けるし。まあマスクをしていたので何とかセーフだったのではないか。


 九時半からの診察では簡単な問診と、あとは延々来週から開始される放射線治療の副作用の説明。ほぼその説明を聞きに行ったようなものだ。


 来週から週五回、七週間に渡って行われる放射線治療の副作用はザックリ大きく分けて三つ。粘膜と皮膚と耳下腺が破壊される。


 まず粘膜。ガンが発生しているのが上下の顎なので、そこに放射線を当てた場合には口の中の粘膜が焼ける。もちろん焼けるという表現は比喩なのだが、要は口中全体に炎症ができ、やがて白い膜ができる。口の中が大きな口内炎で埋め尽くされたようなものだと考えられるのだそうな。


 こうなると痛い。かなり痛いらしい。食事をするのが苦痛になるため、体重が落ちるのが普通のようだ。水を飲むのも大変になるという。最悪の場合、胃に穴を開けて食物を送り込む、いわゆる『胃瘻いろう』で栄養を摂るしかなくなる。できればそれは避けたいのだがなあ。果たして口の中の痛みにどれだけ耐えられるだろう。こればかりは実際やってみなくてはわからない。


 次に皮膚。放射線の当たる左側の頬から首にかけての部分が日焼けのような炎症を起こし、黒く変色し、最終的にはズルリと皮が剥ける。うーむ、想像するだけで痛くなってくる。元々メラニン色素は比較的多い方なので日焼けして真っ赤っかになることはあまりないのだけれど、放射線は勝手が違うからなあ。どの程度皮が剥けるのだろうか。もちろん、これもやってみなくてはわからない。


 そして耳下腺である。耳下腺とは字の如く左右の耳の下に位置する腺で、唾液を分泌する役割を持つ。この左側が放射線を当て続けることにより機能が破壊される。つまり左側から口中に唾液が分泌されなくなるのだ。医者は「右側から唾液は分泌されるので大丈夫」みたいなことを言っていたが、そういう問題だろうか。


 まあ世の中には左右の耳下腺が両方破壊されて唾液が出なくて困っている人もいるそうだし、そういう例を知っている側からすればまだマシなのだろうけど、それでも唾液の分泌量が半分になれば口の中はカッサカサになるはずだ。いまでも渇き気味なのに、これは嫌だなあ。


 とは言え、どれも死ぬよりはまだマシだからな。この程度の痛み苦しみは我慢して乗り越えねばならんのが人生というヤツなのかも知れない。……と、わかった風な口を叩くのは簡単だが、はてさて実際にはどうなるか。耐えられるのかどうかと問われれば、正直自信はない。


 抗ガン剤もそうなのだが、副作用の痛み苦しみというのは単体ではそうたいしたことはない。一定の時間なら普通の大人は耐えられる程度のものだ。だが現実には複数が重なって、しかもいつ終わるともわからない長い時間延々と体と精神を攻め苛み続ける。これに耐え疲れてギブアップしてしまう人も中にはいるのである。自分がそうならないと言い切ることなどできるはずもない。


 診察という説明が終わったら、最後は放射線を当てる準備として、患部を決めるためのCTスキャンと『面』の作成である。この面は、暖めた樹脂の板を顔に押しつけることで作成される。簡単に言えば放射線を遮るためのモノだ。つまり面の左側顎の部分を切り取って、そこから放射線が患部に当たるようにする。そうすれば患部以外には放射線が当たらないという理屈だ。


 これで準備は整った。さあ、来週は二泊三日の入院をして、そこから新しい抗ガン剤と放射線の治療が開始される。いい歳をしてちょっとした冒険に臨む気分だ。しかも全然ワクワクしないと来ている。もう勇気も度胸も枯れ果ててるんだよ、勘弁してくれと言いたいところだが、現実というヤツはなかなか容赦がない。逃げ出したいのに逃げられない。やれやれまったく、どうしたものかね。

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