恋愛目的の非恋愛結婚(Side:光梨)
今でも鮮明に思い出せる、高2の秋のこと。母は仕事に出ていた日曜の昼下がり、
「光梨、三者面談でなんて言ったの?」
「県の看護専門学校かなって、就職の強さとかお金とか色々考えるとさ」
光梨には、特に明確な将来の目標はなかった。あまり大変じゃない仕事がいい、けどできれば地元は出て都会に生きてみたい、そして沙枝のそばにいたい――という、漠然としたビジョン。
しかし前年に父が労災で亡くなったことで、母と二人で支え合って生きねばという使命感を背負わざるを得なくなった。父の稼ぎだって決して多くはなかったので、家計の余裕もなかったのだ。
「けど光梨、医療系は気が進まないって」
「命に関わる仕事とかプレッシャーだもん。けど、体力だけはある方だし……自立しようって考えると、ね」
勉強がそこまで得意なわけではないし喋りもうまくない、名門大学に入って大企業に就職できるタイプではない。経済的にも、母との同居がマストだ。
「けどなあ……沙枝と一緒に暮らしたかったよ」」
沙枝は当時から絵を仕事にすると決意し、東京にあるイラストの専門学校を目指していた。それだけの才能があり努力も欠かさない沙枝のことを光梨は尊敬していた、けどそれ以上に羨ましかった、好きなことを仕事にしていい家の子であることを。
歳を重ねるごとに痛感する、沙枝の家と光梨の家は裕福さが段違いだ。母親同士が幼馴染であるだけで、本来は暮らし方すら合わない同士なのだ。
けどそれを沙枝に愚痴りたくはない、沙枝にはまっすぐに夢を目指してほしい――と思いながら、綺麗な絵を紡ぐ彼女の手を撫でていると。
「ねえ光梨。うちの子になりなよ、お兄ちゃんと結婚してさ」
沙枝が示したのは、予想もしない道だった。
「……謙くん、と?」
決して嫌いではない、どころか家族同然に大事に思える人だった。そう、家族同然。
「光梨、今でもお兄ちゃんと仲良いでしょ?」
「いいけど……謙くんだよ? 私にとってもお兄ちゃんだし、謙くんにとっても妹だよ私は。恋愛とか考えられないって」
「うん、そうだね。お兄ちゃんは光梨に恋したりしない、しちゃいけないってくらいに思ってるかもね。兄が妹を、父親が娘をそう想うことがタブーだから、みたいに」
言葉こそ推定だが声色は確信だった、兄の心理を知り尽くしているかのように。
「そういうお兄ちゃんだからこそ光梨の夫には相応しいじゃん。光梨が私を一番に愛してる、その気持ちが守られるんだから」
「それは……謙くんなら私も安心だけどさ……」
謙一は人付き合いこそ苦手だが真面目だし、学業は飛び抜けて優秀だ。有名な国立大にストレートで合格し、優秀な成績のおかげで院の試験も免除されたという。きっと将来は立派な勤め人になるだろう……父を亡くした今、一番頼れる男性も彼である。
「けどそれじゃ、謙くんは本当の意味で愛し合える人と」
「そんな結婚できるわけないじゃん、あのお兄ちゃんがさ」
あくまで淡々と、残酷な推測を妹は口にする。
「お兄ちゃんは普通の恋愛なんかできないよ、けどそれじゃお兄ちゃんも家族も悲しい。だったらさ、誰より家族に近い光梨と、本当の家族になるのがいいじゃん」
「……結婚を、そういう風に扱っちゃ、ダメじゃないかな」
「百合を認めてくれない制度なんて、せいぜい悪用されればよくない?」
沙枝の瞳に昏い光が覗く――ああ、そういうことか。
それが沙枝なりの渾身の反撃なのだ、私たちを引き裂こうとするモノへの。
「ねえ光梨。家族になってよ、私たちの」
その翌月。進学先から帰省した謙一に、光梨は交際を申し込んだ。
頼れるお兄ちゃんだった彼の涙を、光梨は初めて見た。
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