不都合で妥当な真実(Side:謙一)

「え、見隅みすみさんも行ってきたんですか?」

「そう、妻殿に連れられてね」

 会社の休憩時間。市内のイルミネーションに彼氏と行ってきた、という部下の話題に対して。

「へえ、記念写真とかないですか? 私も見たいですよ」

 光梨ひかり沙枝さえとも面識のある部下だ、見せても問題ない。

「これとか、これとか」

「おー、やっぱり奥さん可愛いですね……って、見隅さん全然映ってないじゃないですか」

「僕は撮られるの苦手だって知ってるでしょ、これだけだよ」

「いや隅っこすぎ!」


 部下に突っ込まれた通り、謙一が撮ったのは光梨と沙枝のツーショットばかりだった。代わりに彼女たちが謙一を撮ったわけでもない。

「まるでこれじゃ奥さんと妹さんのデートじゃないですか」

 冗談めかした部下のコメントに「ほんとになあ」と笑って返すものの。冗談でなくそれが真実なのだろうと、謙一は察している。というか、知っている。



 沙枝のイラストレーターとしての名義は、謙一は知らないことになっている。しかし実は、謙一は「さえみぃ」を知っていた。

 沙枝だけなく謙一も昔から百合が大好きで、ネットでも様々なクリエイターを探しては応援してきた。さえみぃという絵師が目に留まったことも、沙枝とは何の関係もない出会いだったのだ。

 たださえみぃの作業配信を観てみると、彼女の声にはひどく聞き覚えがあり。たまに聞こえてくる「彼女」の声も、明らかに光梨なのだ。

 今も謙一は、沙枝と光梨の知らないアカウントで、さえみぃの活動を追っている。さえみぃが発信する"ひーちゃん"との恋路を見守っている。


 恋愛関係はファンに向けた演出であり、実際は親友のままだ――という可能性も、あるにはある。さえみぃの発信は、謙一の知る二人の実際と食い違う点も多いからだ。

 ただ。二人が恋愛関係、もしくはそれに準じる親友以上の関係性にあるということは、謙一にとっては意外ではない。二人の、特に沙枝の排他的な依存心を思えば、むしろ妥当とすら思える。


「まだ子供を持つ勇気がないし、したら出来ちゃいそうで怖い」と光梨が性的な関わりを拒むこととも、辻褄が合う。



 まもなく20時というところで、謙一は仕事を切り上げる。今日も部署で最後だ、心身の疲労も薄くない――けれど。


 運動こそ苦手だが、体調を崩しやすい体ではない。

 夜道を心配する理由も、特にない。

 フォローする理由は増えた、フォローされる必要は減った。

 自分が早く帰れなくても困る人は――よほど遅くない限り、光梨は合わせてくれる。それなら謙一が管理職になる前に残業代を確保しておく方が、将来の備えになる。


 だから、これでいい――と納得しているのが、脳の99パーセント。

「……えらいぞ、お兄ちゃん」

 これも、母によく言われた。謙一が沙枝と光梨のために、譲ったり我慢したときに。


 しかし残り1パーセントが、今日も引っかかって、ちらつく。


 電車を待ちながら開くSNS、誰かが拾ってくれると信じて、エゴの欠片を放流する。

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