第3話 僕の資産
げんなりして空を仰いでいるところに、加賀くんの明るい声が耳に届いてくる。
「まー俺は金でもそこそこ上狙えたけどね! 親が会社のシャチョーでさ〜。ははは! けど愛されたかってのも結構イケる。友達の数は自慢できるからな! 彼女もいたし。みんな俺が死んで泣いてるだろうなあ」
「ああ……加賀さんは友達多そうだよね、明るいし……」
「いやよかったわ、こういう項目で。生前の行いとかって言われたら、俺ちょっと危なかったしー」
笑いながらいう彼に視線を戻す。加賀さんはヘラヘラしながら続けた。
「いやちょっとね。悪ふざけが過ぎたこともあって」
僕は何も答えなかった。自分みたいな人間は悪ふざけすらできなかったが、こんな明るい加賀くんなら、例えば学生時代やんちゃなことをしてしまったとかあるんだろうか。
彼は頭をかいて言う。
「実は死ぬ間際もさ、酒飲んで運転してたんだよねー」
ピタリ、と自分の息が止まる。加賀さんはつづけた。
「もーベロンベロンで。でも俺運転上手いし今までも飲酒でも事故ったことないから、大丈夫かなって。でもスピード出し過ぎちゃってさ、小さな交差点で事故って死んじゃった。やらかしたわ、もっと生きたかったんだけどー」
パンフレットを持つ手がワナワナと震えた。それでも加賀さんは僕の様子に気がつかない。
「……へえ、大変だったね……」
「ねーやっちゃったわ」
「加賀さん、車何乗ってるの?」
大きく鳴り響く心臓を押さえながら僕は尋ねた。彼は得意げにこう答えたのだ。
「ポルシェよ、親父の。青いポルシェ!」
やっぱり神様なんていやしないと思った。
飲酒運転して、僕を轢き殺した加賀武志は罰されず、友達が多く彼女もいることで、きっと僕よりいい来世を送る。
何も文句いわず、コツコツと働いてきた僕より。
彼は資産を持っているんだ。
「高橋様、加賀様、資産の計算が済みましたのでこちらへどうぞ」
気がつくと二宮さんが迎えに来ていた。軽い足取りで加賀武志が二宮さんに続いていく。僕は押さえきれない怒りと悲しみで目に涙を浮かべながらなんとか立ち上がる。
僕が何をしたっていうんだ。せめて死ぬのがもう少し遅かったら、その頃には結婚でもして資産が増えていたかもしれないのに。
勝手に人生を奪われて勝手に資産計算されて。
そしてくだらない来世を送らされるんだ。
三人で再び最初の質素なフロントへ戻る。二宮さんはパソコンの前にたち、素早くそれを操作する。
「お二人の資産……生きていた間にどれほどの人間に愛されたか、という値です。それを数値化し、次のオークションに使用していただきます」
「ふう〜! たんのしみー!」
「ちなみに余った数値は、今まだ生きている人間に分け与えることもできます」
「えー俺は全部使っちゃうかなー」
僕は無言で二人の会話を聞いていた。どうせ下のランクしか買えない僕が、誰かに資産を残すだなんて無理に決まっている。次は病気がちだとか、ホームレスとか? せめて犯罪者にはなりたくないものだが……
「では、お二人の資産ですが」
抑揚のない二宮さんの声が響く。
「加賀武志様が 十四
高橋晴也様が 二億二千
……という結果になりました」
「いえーいにお…………え?」
喜ぶ声をあげた加賀武志が停止した。僕も同じように全身の動きが止まっている。
聞き間違いかと思ったのだが、隣の加賀武志の様子を見るに、僕は聞き間違えてなどいないらしい。
「こちらで次のオークションに挑んでいただきます。始まるまでまだ時間がありますので……」
「ちょ、ちょーっと待ってよ二宮サン! さっきの言い間違いでしょ、逆だよね?」
渇いた笑いを浮かべながら加賀武志は言う。正直僕も同じことを思っていた。
だが二宮さんはしっかり首を振った。
「いいえ。加賀武志様が 十四。
そして、高橋晴也様が 二億二千。でございます」
変な沈黙が流れた。声すら出せず、ただ二宮さんの曇りひとつない眼鏡の縁をぼうっと眺めている。
二億、だって? 僕が?
「そ、そんなわけないだろ、俺のは何かの間違いだって!」
真っ赤な顔をした加賀武志が二宮さんに詰め寄った。
「お、俺は友達もめちゃ多いし! 彼女だって三人いて俺にメロメロだったし! 親だって好きにさせてくれてたし……!」
「いいえ、こちらに計算ミスはございません」
「そんなバカなことあるかって!!」
「ではご自分の目でお確かめください」
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