掴み取った真実、そして―― 15

 日が落ちかけ夕暮れ時。

 休日の駅前のロータリーは大勢の人で溢れていた。

 元々人通りの多い駅ではあるが、有名な政治家を一目見よう、応援しようという人たちが集まっている。新聞やテレビなどの報道陣もいくつか集まっており、注目度の高さが窺えた。腕に腕章をつけたスタッフや警備員が聴衆者たちの並びを整理したり、SPが鋭い目つきで周囲を警戒していた。

 たくさんの人たちが注目するなか、車一台分空いていたスペースに、白い街頭宣伝車がとまった。予定時間より、五分到着が遅かった。

 車には織田龍太郎と書かれたポスターが張られている。助手席に乗っていた織田本人が車から降りて手をあげると、聴衆者が沸いた。

 梯子を使って街頭宣伝車の上に立って織田があいさつする。遠くにいてまだ織田の姿が見えていなかった聴衆も含め、歓声と拍手が起こった。

 ――俺たちはこの人だかりの最前列にいた。

 織田から見えないように、つばの広い帽子を被っている。

「本当にやるんですよね」

「当然よ」

「織田はすごい人気ですね。完全にアウェイですけど」

「だからいいんじゃない」

 紫子さんは俺を見上げた。

「信奉者はテレビや雑誌で間接的に情報を得ても、陰謀だ偏向報道だと信じないんだから。ライブで見せてあげましょう」

 ニッと、紫子さんは不敵に笑った。

(その顔、完全にヒールですね)

 俺は苦笑する。

 紫子さんは髪はポニーテールにし、パーカーにデニムパンツ、スニーカーというスポーティな格好だ。揉みくちゃにされることを想定した格好だった。

 織田龍太郎は連日演説し続けているからだろう、かすれた声で、力強く日本や国民の未来について説いている。綺麗ごとばかりで具体的な政策案はないが、そんな政治家は織田に限ったことではないだろう。

 予定通り二十分間の演説が終わり、拍手喝采が沸き起こった。

「行ってくるわ」

 紫子さんは聴衆の塊からゆったりと抜け、宣伝車に近づいて行く。相変わらずすごい度胸だ。俺はこんなに冷や汗をかいているのに。

「演説が終わったところで、織田先生の支援者である皆様に、お聞きいただきたいことがあります」

 紫子さんが聴衆たちに呼びかけた。紫子さんはマイクを握っている。この日のために小型スピーカーをいくつか木の上に固定しておいたので、広い範囲に紫子さんの声が届いてるはずだ。帰りかけていた人たちが、足を止める。

「私は十五年前、織田先生の秘書をしていた佐藤明の娘です。覚えている方も多いかと思いますが、佐藤明は死にました。その死に、織田先生は関与しているのです」

 周囲がざわめいている。テレビカメラがいち早く反応し、紫子さんを映し始めた。

 織田に危害を加える動きではないのでSPたちは持ち場を離れてまで近づいてこなかったが、織田のスタッフが紫子さんを排除しようとし始めた。俺はそれを食いとめる役割だ。

「証拠の音声があります。数日前に織田先生に直接お伝えしたところ、覚えていないそぶりでした。そうですよね、先生」

 まだ街頭宣伝車の上にいる織田に紫子さんは呼び掛けた。織田は鬼のような形相で紫子さんを睥睨している。

「そんなものが存在するはずがない。選挙妨害だ。立ち去れ」

「あら、先生の演説は終わりましたよね。予定がおありでしょうから、次の会場へどうぞ。私は皆さんと、音声を検証したいと思います。十五年前の声ですから、今の織田先生より、少し声がお若いかもしれませんが、先生を応援されているみなさんなら、織田先生の声だとわかると思います。どうぞ」

 紫子さんが遠隔操作で、音声をスピーカーから流す。

 ――……織田先生、自首してください。わたしからお願いするのは、これで最後です。

 ――お前こそ、そんなくだらんことは忘れろと伝えたはずだ。

「やめろ、その音声を止めろ!」

 織田がマイクを使って街頭宣伝車の上から怒鳴っている。こうなることを想定して、スピーカーや機材を手に届かない所に置いたのだ。簡単に止められないだろう。

 ――残念です。政治資金収支報告書の偽装について、このまま刑事告訴の手続きをすすめます。

 ――残念なのは、俺の方だ。優秀な部下を失うのだからな。

 織田の声は、それまでよりも一段低くなった。

 ――……どういうことです?

 ――おまえの娘は預かっている。

 ――なんですって?

 織田が街頭宣伝車から降りてきた。

「やめさせろ! その女を捕まえろ!」

 織田が紫子さんに突進する。SPが織田を押さえた。聴衆の輪に入ると、護衛しにくくなるためだろう。紫子さんは抵抗するつもりはないとアピールするため、両手を軽く上げている。

「私は逃げも隠れもしないわ」

 音声に時々擦れる様な雑音が入るのは、紫子さんの父親がICレコーダーを服のポケットなどに入れているせいだろう。マイク部分になにかが触れて雑音になっているのだ。しかし、声はクリアに録音されている。誰もが、織田の声だと確信していることだろう。

 始めはヤジを飛ばしていた聴衆たちも、今では音声に聞きいっていた。

 織田の今日の演説スケジュールは、また二つほど残っている。もう移動しないと間に合わない。しかし、織田のスタッフたちも、どうしていいのかわからない様子だ。

 音声は続く。

 ――おまえは親一人子一人の父子家庭だそうだな。娘を溺愛しているそうだが、確かに可愛い娘だ。

 ――紫子になにかしたんですか?

 ――それは、おまえ次第だな。

「やめろ。それは全部嘘だ。合成の音声だ! その女は私を陥れようとしているんだ!」

 織田が必死の形相で叫んでいる。自分の声で音声を聞き取れないようにしたいのかもしれない。しかし、スピーカーは複数あるので意味がない。

 ――お前が死ぬか、娘が死ぬかだ。

 ――私に、自殺しろと言うのですか。

 ――察しがいいな。

「私はこの時、何者かに拉致監禁されていました。犯人は捕まっていません。事後報告ではありましたが、警察に届けているので、記録が残っているはずです」

 紫子さん補足した。

 ――先に裏切ったのはお前だぞ。目をかけてやっていたのに。

 ――わたしも、織田先生を尊敬していました。だからこそ……。

 ――二日やろう。二日目にお前が生きていたら、娘を殺す。偽装の件が世間に出ても同じことだ。

 紫子さんは唇をかみしめ、髪や服を乱して暴れている織田を、静かな怒りを込めた瞳で見ていた。

 ……初めて二人で音声を聞いたとき、紫子さんは泣き崩れた。

 紫子さんを守るために、父親は死を選んだ。

 死因は自殺かもしれない。

 しかし、織田が殺したも同然だ。

「陰謀だ! あの女は詐欺師だ!」

「そんなに見苦しい姿を見せないで。父は本当に、あなたを尊敬していたのに」

 紫子さんは三人のSPに抑えられている織田に近づいた。

「罪を重ねたあなたに未来を語る資格はない。どんな罰を受けたとしても、父は帰ってこない。私は一生、あなたを許さない」

 織田は放心したようにSPたちにもたれかかった。その姿は、たくさんのフラッシュに晒されていた。

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