掴み取った真実、そして―― 10

 通常なら一分で到着するところを二十分もかけて、紫子さんのマンションの前に到着した。

 予感は当たっており、火災は紫子さんのマンションだった。六階辺りの三部屋ほどが燃えたようだ。

 紫子さんが、うんざりしたような顔をして戻ってきた。

「火元、私の部屋だった」

 予想していたとはいえ、氷柱に貫かれたような衝撃を受けた。身体が凍る。

「どうするんですか」

「部屋が全焼してるんだから、どうにもならないわよ。両隣はとばっちりね。パソコンとか、仕事に必要なものは持ち歩いてるから、仕事にそこまで支障はないけど」

 全焼したというのに淡々としている。俺だったら取り乱して、大騒ぎしているだろう。

「織田がやったんでしょうか」

「このタイミングじゃ、そうとしか考えられないわね」

 織田の家を出てまっすぐにここに来た。名乗ったとはいえ、こんなに早く家を特定して、放火できてしまうなんて。

 いや、ここまで早いとなると、元々紫子さんのことをチェックしていたのかもしれない。自分の周囲を嗅ぎまわっている記者が、殺害した秘書の娘であるなら当然か。

 やはり、織田龍太郎は黒なのだ。

「佐藤明の娘である私の住居は、あらかじめ調べられていたのね。わかりやすい行動をしてくれてありがたいわ。織田の家に行った甲斐があるわね」

 紫子さんは細い肩をすくめた。

「まだ紫子さんが部屋に戻っていないことは、相手も承知していたはずです。紫子さんの命を狙ったというより、家ごと音声データを消失させるつもりだったのでしょうか」

「それもあるかもしれないし、織田の宣戦布告かもしれない。それとも、これ以上関わるなという牽制かも」

 やれやれといわんばかりに紫子さんはシートを後ろに下げて、足を組んだ。

「警察に同じことばかり聞かれるから面倒で、私の連絡先とか保険会社とかの情報を渡して逃げて来ちゃった。手際が悪すぎ。質問をまとめてから後日連絡しろって言っておいた」

 俺はまばたきをしながら紫子さんをみつめた。

(警察にも、それをやっちゃうんだ)

「ってことで、ボヤオ、泊めて」

(えっ)

 俺はおどろいて、紫子さんに顔を向けた。

「俺んち、狭いですよ」

「知ってる」

 そうだろうけど。

「社長の家の方がいいんじゃないですか? 一緒に暮らしてたんですよね」

「イヤよ。あの夫婦はいつもラブラブで、私は邪魔者になるんだもの。それで高校卒業と同時に飛び出したんだから」

「社長がラブラブ、ですか」

 ベリーショートで男勝りな雰囲気を持つ社長を思い浮かべる。どっちかというと、クールとか淡泊という言葉が似合いそうなのに。意外だ。

「そういえば愛さんの旦那さん、ボヤオに雰囲気が似てるよ」

「へえ」

 どんな人だろう。自分に似ていると言われると、会ってみたくなる。

「じゃ、泊まるから」

 社長の話をしていたのに、宿泊が決定してしまった。

「そうしたら買い物行かなきゃ。六本木に行こう」

「六本木でなにを買うんですか?」

「服。次の部屋が決まるまで泊まるから、数着は必要でしょ」

「次の部屋って……」

 心底びっくりした。一泊じゃないんだ。

 部屋はいつ決まるんですか? と訊きたかったが、住居が全焼したばかりの人に言うのも申し訳ない気がして、俺は黙った。

(紫子さんなら、数日ホテル暮らしをする資金くらい持っていそうなのに。さすがの紫子さんも一人じゃ怖いのかな? とか、確認したら殴られるだろうなあ)

 仕方がない。乗りかかった船だ、とことん付き合いますか。

 地下駐車場に車を停めて、東京ミッドタウンで買い物をする。閉店時間が近いので急ぎ足だ。俺は当然のごとく荷物持ちに使われた。

「もう九時すぎましたね。さすがに腹が減りました。どこかで食ってから帰りましょう」

「そうねえ。六本木だとつい仕事のセンサーが入っちゃうから、著名人がいないような田舎町の方が落ち着けるかも。ボヤオが住んでるところのような」

 はいはい、どうせ田舎町のおんぼろアパートですよ。

 エレベーターで地下駐車場に降りると、焦げたような独特の香りが鼻を突いた。

 この流れは、まさかだよな。

「マジか」

 俺の愛車が燃えていた。

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