掴み取った真実、そして―― 5
危惧していた状況になってしまった。
(怖気づくな。こんな時のために俺は来たんだろ。男らしく紫子さんを取り戻してみせる!)
俺は自身を鼓舞して、エレベーターホールに向かう二人に、思い切って声をかけた。
「あっ、姉さんじゃないか!」
声が上ずってしまった。大根もいいところだ。
「なんだ、きみは」
「岩城先生ですよね。お会いできて光栄だなあ。姉は先生の大ファンなんです。先生を応援する会を前から楽しみにしていたんですよ。帰りが遅いので心配して迎えに来たんです。姉は寝ちゃったんですね、ご迷惑をおかけしてすみません。明日改めて事務所にお礼に伺います」
俺は畳みかけるように言って、紫子さんを引き寄せた。岩城は興ざめしたように、「礼などいらん」と言ってエレベーターに乗って姿を消した。
「……上手くいった」
俺は手の甲で額の冷や汗を拭った。
全然男らしくなかったけど、結果オーライだ。
「紫子さん、起きてください。紫子さん」
近くの椅子に座らせて紫子さんを揺すった。まったく目覚めない。
それにしてもこの服、「かろうじて胸から足の付け根まで隠しました」って感じで、露出が激しすぎる。目のやりどころに困るし、触れる場所もない。
俺は上着を脱いで紫子さんの肩にかけた。もう一枚脱いで膝にもかけてあげたいが、それでは俺が上半身裸の不審者になってしまう。
「紫子さん、大丈夫ですか?」
「……っ」
紫子さんの睫毛が揺れた。目が開いたかと思うと、顔をしかめて片手で口を押さえる。
「吐きそうですか? トイレはこっちです」
俺は慌てて案内すると、紫子さんはふらつきながらもトイレに駆け込んでいった。途中で肩にかけていた俺の上着が廊下に落ちる。
悪酔いしているようだ。俺が目を離している間に、相当飲んだのかもしれない。
のんびりと紫子さんを待っていたのだが、二十分ほど過ぎても出てこないので、さすがに心配になってきた。
女性のホテル従業員に声をかけて、紫子さんの様子を見てもらう。中でぐったりとしていたようで、トイレの外まで連れ出してくれた。
嘔吐したものがドレスを少し汚していたが、従業員の女性が拭ってくれていた。ありがたい。
あまり連れ歩かない方がいいかもしれない。従業員にホテルの空き室状況を訪ねたが、あいにく満室だった。
「どうしよう」
こんな姿の紫子さんを置いてはいけない。具合が悪そうだから、寝かせてあげられる場所に移動した方がいいだろう。
……いろいろと考えて、結局、自分の部屋に連れていくことにした。
俺の部屋なら吐かれたって掃除が楽だし、一応ベッドもある。近くに俺がいたほうが、すぐにフォローもできる。
俺は上着を再び紫子さんの肩にかけて歩くように促した。前にも思ったけど、ものすごく軽い。持ち上げて運んだ方が楽だと思ったが、それでは目立ちすぎる。
タクシーで約四十分、俺の住む安アパートに着いた。タクシー代は痛い出費になったが仕方がない。
俺は紫子さんを抱えて部屋に入り、ベットに横たえた。吐いてスッキリしたのか、すやすやとよく寝ていた。
ドレスはキツイだろうし、汚れているので、脱がしてクリーニングに出してあげたいところだけど、女性の服を脱がすのは抵抗があった。おかしな誤解や心配をさせても可哀想だ。
結局俺は、ドレスの上から上下のジャージを着させて、ドレスの背中のチャックだけあけた。体の締め付けがないだけでも、随分と楽だろう。
「コンビニに行ってくるか」
水や明日の朝食、それにクレンジングシートも買ってこよう。サークルの合宿で女子たちが、化粧を落とさないで寝るのはあり得ないと言っていた。
買い物を済ませて戻ってきても、紫子さんは出る前の姿勢のまま寝ていた。まったく起きる気配がない。疲れも溜まっていたのかもしれない。
俺はベッドサイドに腰掛けて、買ってきたクレンジングシートで、紫子さんの化粧を落とし始めた。シートで拭くだけなら俺でもできる。
実は、親切心だけでしているのではない。
(紫子さんのスッピンを見るチャンスだ)
アイメイクが強いので、人相が変わっているんだろうなと、以前から気になっていたのだ。
「油断して寝るから悪いんですよ」
俺はニヤニヤしながら手を動かした。
「おおっ」
随分と見た目の年齢が下がった。目が大きいのは元々なのだが、目尻は垂れぎみだ。今はジャージを着せていることもあって、まるで高校生のようだった。
「紫子さんって、童顔だったのか」
意外だ。大人っぽいメイクをしているのは、舐められたくないという気持ちの現れなのかもしれない。
(満足だ。よし、俺も寝よう)
軽くシャワーを浴びて、フローリングにタオルケットを置き、クッションを枕にして横になった。
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