掴み取った真実、そして―― 4
ネットで調べてみると、都内の有名なシティホテルで、地元の後援会が主催で『岩城博文を応援する会』を開くと書いてあった。ホテルの宴会場に行くと、わかりやすく『岩城博文を応援する会』とボードに書かれていて、俺はその近くでウロウロしていた。
「お客様、なにかご用がございましたら承ります」
「いえ、結構です。この会に参加している友達を待っているだけなんで」
ホテルマンに声をかけられるのは、これで何度目だろう。離れたところで待っていればいいのだが、俺に気付いた紫子さんが逃げてしまっては困るので、捕まえやすい距離で待機しているのだ。
今日は仕事ではないため、嘘をつかなくてすむので気が楽だ。一応、ホテルに著名人が来ていたら撮影できるようにとカメラを仕込んだ鞄を持ってきているのだが、それは上着をかけて近くの椅子に置いている。
しばらくすると宴会場の扉が開いた。会が終わったようだ。
少しずつ参加者が出て来るが、なかなか紫子さんは姿を現さない。参加者の年齢層は高めだ。
半分以上の人が帰ったと思われる頃、やっと赤いドレスを着た紫子さんが会場から出てきた。
「紫子さん」
「えっ、ボヤオ」
驚いた表情の紫子さんの手首をすかさず掴み、廊下の端に引っ張った。
「どうしてここにボヤオがいるのよ」
紫子さんは眉をよせる。
「心配だからに決まってるじゃないですか」
「心配されなくても、ちゃんと岩城と接触したわよ」
接触するから心配なのだ。
「このあと、最上階のバーで待ち合わせよ」
紫子さんは得意顔だ。頬が紅潮していることからも興奮しているのがわかる。
本当に政治家と約束を取り付けるなんてすごい。
だけど。
「俺もついていきます」
「なんでよ。邪魔する気?」
「万が一のために、見守るだけです。なにかあってからじゃ遅いじゃないですか」
「私はそのなにかを期待してるの。干渉してきたらただじゃおかないから」
「いたっ」
ダンッと俺の足を踏んで、紫子さんは立ち去った。でもヒールで踏まれなかっただけましか。
俺は時間を置いて、最上階に向かった。
日本料理や鉄板の店はあったが、バーは一つしかないので、場所は間違いないだろう。待ち合わせ時間も聞いておけばよかったと思いながらバーに入ると、紫子さんはすぐに見つかった。あの赤いドレスは目立つ。
紫子さんは夜景が見える窓際のテーブル席に座っていた。まだ岩城博文は来ておらず、一人で水を飲んでいる。その表情は少し緊張しているようにも見えた。
俺はカウンター席に座った。そこからは紫子さんの後ろ姿しか見えないし、声が聞こえるほど近くないが、それくらいでないと紫子さんがやりにくいだろう。
紫子さんのことだ、俺が店に入ったことに気付いているだろうが、こちらを見ようとはしなかった。
ほどなくして岩城博文がバーにやってきた。高そうなスーツには議員バッジがなかった。プライベートということか。秘書や護衛のような連れもいないようだ。
早速馴れ馴れしく紫子さんの露出している肩に手をのせて、肩甲骨辺りをなでている。俺は嫌な気持ちになったが、紫子さんは嬉しそうな笑みを浮かべた。
しかし、これは演技のはずだ。父親の死についての情報を引き出そうとしているのだから。
相変わらずの演技力に舌を巻きながら、俺はチビチビとウイスキーを飲む。ウイスキーを選んだのは、ビールと違って一杯で長時間ねばれそうだからだ。
せっかくカメラを持っているので、岩城と紫子さんのツーショットを何枚か撮った。あとはすることがないので、スマートフォンをいじる。
(紫子さんのお父さんの事件を調べてみるか)
“織田龍太郎 秘書 自殺”で検索すると、十五年前の事件ながら、かなりの数がヒットした。当時は大きな事件だったのだろう。しかし、たいしたことは書かれていない。
織田龍太郎の第一秘書である佐藤明の遺体が見つかった。死因は一酸化炭素中毒で、車内の後部座席にしちりんが置かれていた。練炭自殺だと思われる。遺書はない。車上荒らしにあっているが、死因に影響がないため、関連性はないと思われる。
要約すると、そのような内容だ。
次に「佐藤明 娘 誘拐」で検索すると、こちらはヒットゼロだ。しかし、緩いヒットの項目を見ると、九歳の娘を残し……と書かれている記事が見つかった。
そういえば、父親が亡くなったとき、紫子さんは九歳だったと社長も言っていた。
(……ん?)
「これ、十五年前の記事だよな」
ということは、紫子さんは今年、二十四歳だ。
(……ああっ!!)
俺は声を出しそうになって手で口を塞ぎ、なんとか堪えた。
紫子さんは、俺と同い年じゃないか!
勝手に年上だと思っていた。先に事務所で働いていたこともあるし、ベテラン記者って感じだったし。
実際にベテランのようなスキルと貫禄がある。社長の手伝いを学生時代からしていたのだろう。
(だったら、言ってくれてもいいのに! ずっと敬語を使っちゃったじゃないか。今更タメ語に戻せそうもないし、むしろタメ語を使ったら怒られそうだし……)
親が亡くなっていると聞いて親近感がわいたけど、同い年だと知って、それが更に増した。
そんなことを考えていると、紫子さんがうつらうつらとしているのに気がついた。
(紫子さん、そんなに飲んでたっけ? 二杯くらいのはずだけど)
スマートフォンで時間を確認すると、飲み始めてから一時間が経過していた。紫子さんは潜入取材などでもよくバーを使うし、酒量を弁えているはずだ。でも今日はテンション高かったから、お酒の酔いも早かったのかもしれない。
岩城が店員を呼んでいる。チェックするのだろう。俺も慌ててテーブルで会計をすませた。
岩城が紫子さんの腕を取り、腰に手を回した。紫子さんはされるがままだ。ほとんど意識がないように見える。眠ってしまったのだろうか。
岩城は店から出ようとしていた。どのタイミングで声をかけようかと見計らっていると、店員も俺と同じようなことを考えたのか、「こちらでお休みいただきましょうか?」と紫子さんを引き取る気遣いを見せた。さすが一流ホテル。
俺は正直ほっとした。現役の政治家に声をかけるなんて、ちょっと怖いじゃないか。
しかし岩城は提案を断った。
「大丈夫だ、部屋は取ってある」
(これは、部屋に連れ込む気だ)
俺は奥歯をギリッと鳴らす。
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