掴み取った真実、そして―― 3

「ほかにも、おかしなことがあるの。練炭で息を引き取ったあとみたいだけど、車上荒らしにあってるのよ。自宅にも空き巣が入っていて、いまだに兄の携帯やパソコンは見つかっていない」

 何者かが紫子さんの父親の荷物を狙った。その人物が、練炭自殺に偽装して殺人を犯したのだろうか。

「それにその頃、紫子は誘拐されてるのよ」

「誘拐?」

 それは初耳だ。

 見知らぬ人の殺人疑惑より、紫子さんが巻き込まれた犯罪のほうが現実味がある。体温が一気に下がった気がした。

「紫子の話では、三日間監禁されていたそうよ。ただ、捜索願は出されていないし、夏休みで学校はないしで、誘拐されたことを証明できる人すらいないのよ。だから誘拐はなかったことになってる」

「そんなの、おかしいです」

 ほぼ同時に起こったと思われる、父親の死と紫子さんの誘拐。関連していないと考える方が不自然だ。

「まだある。兄が亡くなって数日後、私の家に郵便物が届いたの。差出人は兄で、筆跡も兄のもので間違いなかった。中身はデジタルカメラよ」

「紫子さんがいつも鞄に入れてる、コンデジですか?」

 紫子さんは、父親の形見だと言っていた。

「そう。私に郵送するなんて、初めから自宅や車が荒らされることを知っていたみたいじゃない。重要な証拠でもあるのかと隅々まで調べたし、警察にも提出した。でも、なにも見つからなかったの」

「なにが写っていたんですか?」

「紫子の写真ばかりよ」

「……そうですか」

 その写真自体に意味がある、ということはないだろうか。俺も機会があれば見せてもらおう。

「それに小さいことかもしれないけど、兄は紫子の学校行事には、どんなに忙しくても欠かさず参加していたの。一か月後に行われる小学校の運動会をすごく楽しみにしてた。自殺なんてするわけがない」

 紫子さんの父親は、娘を大事にしていたのだろう。その娘が誘拐されて絶望したのだろうか。

 いや、それならなんとしてでも娘を助けようとするだろうし、警察に捜索願を出すだろう。

 自殺は誘拐の前だったのか。それとも紫子さんが言っているように、他殺なのだろうか。

「それで、なぜ紫子が岩城博文にアタックしていたかというと、兄が亡くなった当時、岩城も織田龍太郎の秘書だったからよ」

「紫子さんは、岩城が父親の死の真相を知っていると考えている?」

「そう」

 社長はうなずいた。

「だから今回は、週刊誌の仕事じゃないの。紫子が個人的に追いかけている事件なのよ」

 だからいつもと様子が違っていたわけだ。

「織田龍太郎クラスになれば、秘書は三十人以上いたでしょうね、事務員と呼ばれる人も含めて。その中でも、岩城は第二秘書だったから、織田にも兄にも近い存在だった。しかも秘書を取りまとめる役をしていたから、情報通でもあったのよ。それに加えて、女好き」

 色々と情報を引きだせる条件が揃っているわけだ。

「適当なテーマをでっち上げて取材依頼をしたりして、紫子は岩城に近づこうといていたんだけど、どうも捕まらなかったみたいね。それが今回、やっと繋がったんでしょう」

「あんなに必死だった理由がわかりました。父親の死が絡んでいれば、そうなりますよね」

 いつも体を張りすぎていると思っていたけど、本当にそこまでするのか……。

 俺は大きなため息をもらしてしまう。

「誤解しているようだけど、あの子、枕なんてやったことないからね」

「え?」

 俺は顔を上げた。

「あんなにプライドの高い子が、誰にでも身体を開くわけないでしょ」

 生々しい表現に、俺は困って視線を逸らせた。顔が熱くなってしまう。

「売り言葉に買い言葉、勢いで言っただけでしょう」

「そうなんですか」

 俺は売り言葉を発した覚えはないけど、些細な言葉に過剰反応するくらい、今の紫子さんは感情的になっているのかもしれない。

「でも以前、カップルに偽装したとき、本当にキスしてきそうな勢いだったので、そういう行為もいとわないのかと……」

「あら」

 社長はわずかに瞠目して、そのあとニンマリと笑った。

「それはきっと、澄生くんだからよ」

「俺だから?」

 俺は眉を寄せた。コンビだからという意味か。

「ふふ、面白くなってきたわね。あなたのお母さんから澄生くんの話を聞いて、紫子にぴったりだと思ったの。あの子と正反対じゃない? おっとりしていて、穏やかで、怒りの沸点も高くて。優しすぎて優柔不断なところはあるけど、芯はぶれないところは紫子と同じね」

「はあ」

 褒められているのだろうか。

「それはともかく。今回はあの子、本気でどこまでも行きそうで私も心配なの。守ってあげてくれる?」

「はい、俺にできることがあれば。どうすればいいですか?」

 俺がうなずくと、社長は笑みを深めた。

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