掴み取った真実、そして―― 2

「あら、二人が揃ってるなんて珍しいね」

 ドアが開く音と共に、西園寺愛社長が入ってきた。はっきりした顔立ちの美人で、立っているだけで活力を感じる。張りつめていた空気が一気に緩み、部屋の色彩さえ鮮やかになったように感じた。

「たまたまよ。愛さんの意見が聞きたくて来たの。ドレス、どれがいいかな?」

「ターゲットは?」

「岩城博文」

「へえ、岩城か」

 社長は意味深な表情をする。

「ギャル好きで有名ね。赤いのがいいわよ」

「やっぱり、そっちか。ありがとう愛さん」

「どういたしまして。……紫子」

 社長はポンと紫子さんの肩を叩く。

「無理すんな。あんただったら絶対に気に入られるから。がっつかないように」

「わかってるよ。行ってきます」

 紫子さんは固い表情で、ドレス姿のまま出て行った。

 ドアが閉まると、俺はなんだか脱力して、倒れ込むように椅子に座った。ギシリとパイプ椅子が鳴る。

 枕発言がこたえていた。無意識に唇をかみしめる。

(紫子さんは仕事のためなら、誰とでも寝るのだろうか)

 同僚なら頼もしいと思うべきなのかもしれない。どんな手段を使ってでもスクープをもぎ取ろうなんて、誰にでもできることじゃない。


 でも、俺は悲しかった。


「どうしたの澄生くん。随分と落ち込んでいるようだけど」

「社長……」

 紫子さんは両親を亡くして、叔母にあたる社長に育てられたそうだ。社長なら紫子さんが岩城博文を狙っている理由を知っているかもしれない。

 俺は社長が来る前の、紫子さんとのやり取りを話すことにした。

「あの子ったら、そんなことを言ってたの」

 社長はスキニーデニムをはいた足を組んだ。五十代とは思えない美脚だ。

「私は結構、澄生くんのことを買ってるのよ」

 社長は身を乗り出して俺に顔を近づけると、ニッと笑った。

「紫子のことを知りたい?」

「……はい」

 俺はうなずく。

 紫子さんはエースと言われるだけあって、仕事のスキルが高い。あまりにもスペックが高すぎて、コンビといっても俺が一方的に助けられてばかりいる。

 だけど時々、紫子さんは思いつめた表情になる。胸に重いものを秘めて無理をしているようで、危うく感じていた。

「あの子は私が育てたのよ。聞いた?」

「はい。お父さんは自殺したって。でも、他殺だと思っていると言っていました」

「……驚いた。そこまで話しているのね。内容が内容だし、人に生い立ちを明かす子じゃないんだけど」

 社長は冷蔵庫から無糖の缶コーヒーを取り出して、ひとつは俺の前に置き、もうひとつを開けて一口飲んだ。

「母親はあの子が物心つく前に病死したから、記憶にもないでしょう。父親と二人で暮らしていたんだけど、あの子が九歳の時に、父親は車内で練炭自殺したの。警察がそう判断したんだから間違いないと思う。でも、不自然だと感じることは、私にもあるのよ」

「不自然?」

 社長はテーブルに肘を乗せ、頬杖をついた。

「紫子の父親は、織田龍太郎の第一秘書だった」

「織田、龍太郎」

 やっぱり。

 財務相と関連があるんじゃないかと思ったとおりだ。

「当時兄は、……紫子の父親は、誰かを刑事告訴する予定だったの」

「それが、織田財務相?」

「紫子はそう思っているようだけど、わからない。しっかりと聞いておかなかったことを私も後悔してるの。当時、私はいわゆる“トップ屋”みたいなことをしていたから、リークしてよって冗談半分で言ってたんだけどね。法に則った方法で罪を償わせたいと兄は言っていた」

 懐かしむような、残念そうな表情だ。

「これから刑事告訴をしようって人が、自殺をするはずがないでしょ」

(それじゃ、口封じされたみたいじゃないか)

 そう想像してゾッとする。

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