スタジオカメラマンと報道カメラマン 11
赤松アナは海老原投手に支えられるようにして立ち上がり、二人は大通りから外れ、小路に入っていく。
「紫子さん、少しだけ運転を代わってもらっていいですか?」
「もちろん」
俺はシートを倒して後部座席に移った。慌てて移動したせいで天井に頭をぶつけてしまう。
気づかれないようにかなり距離をあけて、二人の後を車で追跡した。俺は望遠レンズで二人を狙った。
「ホテルに入りそうです。ホテルの前で徐行してもらっていいですか」
「オーケー」
俺は別のカメラに持ち替える。街灯が少ない暗いホテル街なので、どうしても写真は鮮明にならない。しかし、ホテルの入り口はライトがついているので、そこがシャッターチャンスだ。
俺は後部座席から、二人がホテルに入っていく姿を連射した。
「よし!」
写真を液晶画面に表示して、写り具合を紫子さんとチェックする。後姿ばかりだが、二人の横顔が写っている写真もあった。
「ツーショット、ゲットですね!」
「しかもラブホに入るなんて。言い逃れ不可ね」
俺たちは思わずハイタッチした。
これで海老原投手の奥さんも、たっぷり慰謝料をもらえることだろう。
この件で海老原投手が反省をして、家族がやり直せるならそれが一番な気もするのだが、ベストな家族関係なんて、外野にはわからない。
「さて。入りは撮れたけど、何時に出てくるのかっていうのもデータとして大事だから、出待ちするわよ」
待ちの多い仕事だ。
「道が細くて、ホテルの前に駐車しておけませんね」
「あそこのコインパーキングに入れましょう。かろうじてホテルの入り口が見えそうだから、しばらくそこから見ていればいいわ。二時間は出てこないと思うけど、念のため一時間経ったらホテルの前で張るわよ」
運転手をチェンジしてから、パーキングに停める。さっきは緊急事態だから代わってもらったけど、紫子さんは飲酒しているのだ。
紫子さんがラインで経緯と成果を編集者に報告する。ついでに、一番はっきり顔が映っているツーショット写真も貼り付けた。
〈ひゃっほう! ラブホっすか! 紫子さん持ってますね!! マジ感謝、謝礼弾みますんで!〉
編集者のテンションが高い。
〈出てきたら、直撃する?〉
「直撃ってなんですか?」
紫子さんがラインに書き込んだ言葉を、俺は尋ねた。
「アポなしで、本人に直接コメントをとることよ」
そういえば、雑誌で目にしたことがあったような。
〈いえ、いいです。発売日まで時間があるから、その前に二人に対策を打たれてしまっては困りますからね。あとはバレないように注意してください。僕、先に寝ちゃっていいですか? なにかあったら起こしてください〉
〈了解〉
〈いやあ、おかげさまでいい夢が見られそうですよ。お先です〉
そして編集者は、おやすみ、という可愛いイラストのスタンプを貼った。
下請けが徹夜で稼働してるのに、堂々と寝ると宣言するってすごいな。
「あっちはサラリーマンで、担当しているのはこの件だけじゃないから。それに、編集者が起きていようと、現場は変わらないし」
そう、紫子さんがあっけらかんと言う。
そういうものなのか。
「現場の判断に委ねるって編集者もいれば、逐一報告してすべての判断を仰ぐ必要がある編集者もいるから、それを見極めて付き合うとスムーズよ。一長一短でどちらがいいとも言えないけど、この編集者は前者で、ほどよくザックリしているから、付き合いやすいわよ」
確かに、現場にお任せタイプのようだ。ノリも軽かった。
「んん、黙ってると眠くなるわね。なにか面白い話をしてよ」
紫子さんは眠たそうに瞳をシパシパとさせ、頬を叩いている。なんだか小動物のようで可愛い。
「急に言われても、思いつきません」
まったく自慢にならないが、俺は多少のカメラ知識と真面目さだけが取り柄なので、トリッキーな経験も、ユーモアのセンスもなかった。
「ボヤオはどうして、報道の世界に入りたいと思ったの?」
俺の呼び名はボヤオで定着してしまったようだ。まあ、いいけれども。
「そもそものきっかけは十歳のころなんですけど……」
俺は今朝、D1を見て振り返った思い出と、改めて父の後姿を追いかける決意をしたことを紫子さんに伝えた。
「お父さんの形見は、カメラなのね」
そう言いながら、紫子さんは鞄からコンパクトデジタルカメラを取り出した。
「私も、お父さんの形見はこのカメラなのよ。お守り代わりにいつも持ち歩いてるの」
「紫子さんの父親も亡くなっていたんですか」
親近感がわいた。離婚で親と離れている同年代の友人は何人もいたが、親と死別した友人はいなかった。
「私の場合は、母親も亡くなっているんだけどね」
紫子さんは淋しそうに視線を落とし、カメラをそっとなでた。自信に満ち溢れた仮面のない紫子さんは、途端に幼く見えた。
それも一瞬で、カメラを鞄にしまうと表情を戻して腕を組んだ。
「愛さんは父の妹なの。それで私を引き取ってくれたから、愛さんに育ててもらったようなものなのよ」
言われてみれば、紫子さんは社長に雰囲気や口調が似てる。サバサバした感じの美人であるとか、ちょっと早口なところとか、やけに滑舌がいいところも同じだ。
俺が父からカメラをもらってカメラマンを目指したように、紫子さんは記者である社長の影響で、今の仕事に就いたのかもしれない。
「紫子さんのご両親、どうして亡くなったのか、聞いてもいいですか?」
踏み込みすぎだろうか。でも、さっき紫子さんが話していた、「辿りつきたい秘密」と関係がある気がしたし、カメラの形見という共通点がわかった今なら教えてくれそうな気がした。
紫子さんはしばらく俺を見ていたが、視線を腕時計に落とした。
「話すと長くなるからまたの機会にね。一時間経ったわよ。ホテルの前に移動しましょう」
やっぱり話してくれないか。
少しさみしい気もするが仕方がない。
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