スタジオカメラマンと報道カメラマン 10
三十分ほど経つとラインの通知が届いた。グループの招待だ。グループ名は「なぜ女子アナは野球選手が好きなのか考察」。
「なんだ、このタイトルは」
眉をひそめながらも「参加」を選ぶと、〈二人が会っているのを確認できたから、編集者を交えたグループを作る〉という紫子さんのメッセージの後、編集者が招待された。すぐに編集者もグループに参加した。
〈お疲れさまです。このタイトル、期待していいっすか?〉
これは編集者のコメントだ。こうやってライングループを作るのは、いつもの流れのようだ。
〈海老原と赤間が、六本木の会員制バーでデート中。私も近くにいて、会話を聞いてる〉
〈マジぱねえっす! さすが紫子サマ、サイコー!〉
なんかこの編集者、軽いな。
〈どんな様子です?〉
〈イチャイチャしてる〉
〈いいっすね。これでツーショット撮れたら、巻頭ですわ!〉
編集者がキラキラのスタンプを貼った。業務上のラインとは思えない。
〈絶対撮りましょう! 応援出します?〉
〈今のところ大丈夫。澄生って表示されてるの、うちの事務所に入った新人カメラマンだから、よろしく〉
突然、話がふられた。慌ててメッセージを打ち込む。
〈宜しくお願いします〉
〈こちらこそ、よろしくお願いします〉
〈動きがあったら、また連絡する〉
最後のは紫子さん。それからまた、メッセージが来なくなった。相手が離席でもしているうちにメッセージを打ちこんでいたのかもしれない。
雑居ビルに入ってから、二時間近くが経過していた。時間は深夜の一時半だ。
「バーって、こんな長居するものなのかな」
あまり酒を飲まない俺は、バーなんて洒落たところに行かないので、よくわからない。未知の場所だし、いかがわしいイメージしかない。紫子さんから逆ナンして店に入ったと聞いてから、気が気ではなかった。
もうしばらくして、ようやく紫子さんからラインが届いた。
〈先に女が出る。白い帽子とワンピースだから、わかりやすいはず〉
〈了解です〉
〈会計してから海老原が出る。やっぱりツーショットは難しそう。ただ、もう一軒行くみたいだから、まだチャンスあり〉
〈前も海老原の家に行っちゃって、撮れなかったんですよね。タクシーのまま地下駐車場に潜るから。二人が付き合ってるってだけでもスクープだから、他社にやられる前に載せちゃおうかな〉
これは編集者だ。なるほど、そうやってツーショットが撮れずにいたようだ。
ビルから白いワンピースを着た女性が出てきた。帽子で顔は隠れているけど、尖り気味の顎の輪郭や、口元に小さくほくろがあるのも、事前に調べた赤間アナの特徴と一致している。ズームをして確認したから間違いない。
巨乳女子アナ特集の常連だけあって、胸元のボリュームがすごい。アンダーバストを締めつけるデザインの服なので、より胸が強調されて見えるのかもしれない。これは確信犯だろう。それに、パンチラ特集によると下着は……。
そこまで紙面を思い出して、ハッとした。
なに考えてるんだ俺は。あまり男性誌を読み込むのはやめよう。
「集中、集中」と呟きながら、熱くなってしまった頬を手の平で扇いでいると、赤間アナの様子がおかしいことに気がついた。壁に手をついて、片手で頭を押さえている。浅い呼吸を繰り返しているようだ。
「気分が悪いらしい。飲みすぎたのかな」
ふらつきながらも道路沿いで手を挙げて、赤間アナはタクシーを止めて乗り込んだ。その一連をカメラに収める。
しかしタクシーは走りださない。海老原投手を待っているのだろう。
次に出てきたのは紫子さんだった。周囲を見回して俺の車を見つけると、助手席に滑り込んだ。
「お疲れさまです。大丈夫でしたか?」
「バッチリ話は聞けてるわよ」
「そうじゃなくて」
俺がこんなにやきもきしていたのに、紫子さんは涼しげな表情だ。
「迫られたりとか、どこか触られたりとか……」
言わなくてもわかりそうなものなのに。わざとか。
すると予想外の言葉だったのか、紫子さんはわずかに瞠目した後に肩をすくめた。
「別にどっちでもいいじゃない。ボヤオには関係ないわ」
「よくないですよっ」
恋人でもない俺が心配するのはおかしいことなのだろうか。いや、俺たちは仕事のパートナーなのだから、心配するのは当然だ。
「わかってないなあ、ボヤオは」
紫子さんは気だるそうに息をはいた。よく見ると、頬がほんのりと染まっている。お酒を飲んだのだろう。
「私は全力でやるって言ったでしょ」
「はい、聞きました」
「私には、辿りつきたい秘密があるの」
「辿りつきたい、秘密?」
海老原投手のマンションに向かう途中で似た話をしたが、もっと違う言い方だったはずだ。
(やっぱり、紫子さんは突き止めたい特定の秘密があるんだ)
俺は確信した。
「その秘密って……」
「出てきた、撮って!」
俺は慌ててカメラを構えてシャッターを押した。ビルから出てきた海老原投手が、赤間アナと同じタクシーに乗った。
二人同時に写っていなくても、同じ場所で同じ時間帯、同じタクシーに乗り込む姿が映っていれば、一緒にいた証拠にはなるだろう。しかし、ツーショットに比べるとインパクトが弱い。
タクシーが走りだしたので追跡する。
「出入りの時間をずらして二人並ばないのって、俺たちに狙われてることに気づいてるからでしょうか」
「気づいていれば、こんなに堂々とデートしないでしょ。念のために用心してるってところね」
そう言っている間にタクシーが減速して道路の脇に寄せられる。まだワンメーターも走っていない。
不思議に思っていると、後部座席の扉が開いた。赤間アナがタクシーから飛び出して、屈みこんだ。
「吐いてるみたいだ。大丈夫かな」
そういえば赤間アナは、タクシーに乗る前から気分が悪そうだった。
「いつもより、飲む量を控えていたみたいだから、元々体調が良くなかったのかもしれないわ」
おそらく赤間アナは体調が悪くても、家で療養するよりも、海老原投手とのデートを選んだのだろう。
しばらくすると、海老原投手もタクシーを降りた。赤間アナの背中をさすっている。もちろん俺はシャッターを切っていた。
「あっ、タクシーが走り出します」
「タクシー移動を諦めたようね」
「ということは……」
俺は紫子さんと顔を見合わせた。
近くで休憩する可能性が高い。
この近くのホテルは? 徒歩圏内には、ビジネスホテルやシティホテルはないはずだ。
だけど、記憶が確かなら……。
「ここの路地裏は、ラブホテル街よ」
紫子さんも同じことを考えていたようだ。
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