スタジオカメラマンと報道カメラマン 5

 数日後。

 港区の商店街で、大規模な祭りが開催された。数十年続く歴史ある祭りで、一日に約二十万人も参加する。

 そしてこの祭り、芸能人も来ることでも有名だ。

 そこで、祭りに来ている芸能人を見つけて、撮影することが目的だった。

 初めは紫子さんと一緒に芸能人を探していたが、商店街がとにかく広い。効率化するために、紫子さんとべつべつに探すことになった。

 しかし、俺は芸能人に疎い。

 そもそもテレビを見ないし、週刊誌の類を読むことも殆どなかった。紫子さんに素直に話すと「誰もが知っている大物じゃないと使えないから今回はそれでいいけど、勉強しておくように」と言われた。

 昼間から足が棒になるくらい人ごみの中を歩いたのに、暗くなっても芸能人は見つからなかった。

 芸能人は来ていないのではないかと思い始めた時、紫子さんから電話があった。大物タレントを見つけたという。

 急いで指定の場所に向かったが、人波が邪魔をしてなかなか辿りつけない。しかも、商店街の地図をきちんと頭に入れていなかったため、道を間違えてしまい、到着した頃にはタレントは立ち去っていた。

 俺は罪悪感と、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 その翌日。

 紫子さんから「芸能人カップルが飲み屋にいる」と連絡があった。

 急いで現場に向かい、飲み屋の入った雑居ビルの出入り口が見える場所に車をつけた。店内にいる紫子さんからラインで、カップルの服装の情報が届いた。

 いつでも撮影ができる状態で待機していると、「今、店から出た」と再びラインが入った。俺はカメラを構え、ビルから出てきた、教えてもらった服装の二人を撮影した。

 しかし、俺が撮った二人は一般人だった。この二人の後に、本物のターゲットが店から出てきたのだが、俺は撮れたと浮かれて気づかなかった。

 紫子さんから芸能人二人の名前を教えてもらっていたし、知らない名前だったのでスマートフォンで画像検索をして顔を確認していた。間違えて撮った一般人カップルは、ターゲットに服装も雰囲気も似ていたのだが、そんなことは言い訳にならない。

 祭りのときにはなにも言わなかった紫子さんも、写真が撮れずに自分が提出して通ったプランが次々に没になったとあって、さすがに苛立った様子だった。

「この業界でやっていくなら、知名度のある著名人の名前と顔は覚えておきなさいよっ」

 俺は「はい」とうなだれるしかなかった。

 言い訳になるが、既に俺は努力をしていた。

 ドラマやバラエティーを見たり、雑誌やスポーツ新聞も読むようになった。しかし、いかんせん、元々の著名人に対する知識が少なすぎた。興味がないぶん覚えるのに苦労する上に、張り込みだなんだとゆっくり勉強する時間もなかった。

(思っていた仕事と、ぜんぜん違う)

 失敗が続き、たった数日だけで焦りと緊張とみじめさに打ちのめされ、俺は憔悴し始めていた。

 さらに翌日。

 この日は朝から女性アナウンサーが住むマンションを張り込んでいた。

 ターゲットの赤間アナは、週刊誌が毎年行っている“女子アナランキング”で、好きな女子アナの上位の常連であり、嫌いな女子アナの上位でも常連である。

 硬派な番組のニュースキャスターで、知性的な美人の印象があるが、恋愛スキャンダルも絶えない。といっても、決定的な写真はなく、あくまでゴシップ記事に“噂”として登場するのみだ。

 しかし、情報筋によると、既婚者ばかりを狙う“既婚者ハンター”として有名で、いくつもの家庭を崩壊させているという……。

(どこまで本当かは、わからないけど)

 そんな知的な外見と肉食系の内面を持つといわれる赤間アナは、本日で二十七歳を迎える。誕生日に彼氏と会うはずだという情報が入ったようだ。

 このマンションは敷地の中に棟がいくつも分かれている大規模マンションで、出入り口は大きく離れて二か所ある。俺と紫子さんはそれぞれの入り口で待機した。

 紫子さんも車で追跡できるようにレンタカーを借りていて、リアルタイムで紫子さんと会話できるように、無線機を用意していた。今日は二人なので電話でもいいのだが、人数が増えると複数同時に情報共有ができる無線を使うことになるので、練習も兼ねていた。

 赤間アナは頻繁にツイッターやインスタグラムを更新するから、チェックするようにと紫子さんに言われていた。

 早速確認すると、午前九時の時点では、部屋でのんびりしているようだった。朝食を手に持って、自撮りをしている背景は自宅だった。

 戸数の多いマンションなので人の出入りは多いが、いっこうに赤間アナは出てこない。

(今日は、動きはないのかな)

 むしろ、自宅でじっとしていてほしい。

 普段の張り込みなら、紫子さんが隣りにいるので話し相手には事欠かないのだが、一人では飽きてくる。かといって、無線を使ってまで紫子さんに話しかけるような話題もなかった。

 俺は出入り口から目を離さないようにしながらも、隙間時間で著名人の勉強をしようと、車に持ち込んでいた雑誌を広げた。ついでに消音にしてカーテレビもつける。一刻も早く有名人の顔と名前を覚えなければと、気が焦っていた。

 そうしているうちに、マンションから誰かが出てきた。気づいた時には後姿で、若い女性だということしかわからない。

 ドキリとした。

 ターゲットの赤間アナに、シルエットが似ている気がする。

(見逃してしまったのか)

 いや、まさか、と俺は否定する。

 たまたま目を離した隙に、都合よく本人が出てくるはずもないだろう。今朝のツイッターとは服装も髪型も違うし……。

 そう思いはしても、動悸は治まらなかった。

(一瞬でも、目を離してはいけなかったんだ)

 それからは、出入り口をひたすら見続けた。

 ……しかし、俺の反省は遅かった。

 数時間後、赤間アナのインスタグラムが更新された。「友達に誕生日を祝ってもらってます!」というコメントと共にアップされている写真を見て、愕然とした。

 赤間アナの服装は、俺が見送った後姿と同じだった。

「すみませんでした」

 合流した紫子さんに状況を説明して頭を下げると、紫子さんは腕を組んでため息をついた。

「なぜその場で、見逃したことを報告しなかったのよ。なんのための無線なの?」

「そういう場合は、すぐに車を降りて追いかけて、顔を確かめるのよ」

「カバーし合えるように、チームで動いているの」

 そう、噛んで含めるように紫子さんは言った。

 まだ新人だからと、紫子さんは俺への不満や怒りを抑えてくれているのがわかる。申し訳なくて、俺は顔をあげられなかった。

 この日は、そのまま解散となった。翌日のスタート時間が早いからだ。

 紫子さんの足を引っ張りたくない。仕事を成功させたい。

 その一心で、翌日の下準備を入念に行った。

 明日は都内の野球スタジアムを借り切って、高校野球がテーマの映画が撮影される。役者たちは朝四時に集合するらしい。

 旬の若手俳優たちが集まるので、スタジアムの入りを押さえる必要があった。出演者の顔ぶれは見慣れない者ばかりだった。

(全員の名前と顔を覚えよう!)

 俺はパソコン画面にかじりついて、役者たちの名前をブツブツと繰り返した。

 ――そして俺は、いつの間にか眠ってしまった。

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