スタジオカメラマンと報道カメラマン 4

「俺たち、同じ佐藤ですね。社長から聞きました。紫子さんって呼んでいいですか?」

 佐藤という名字は、日本一多いと言われている。クラスに「佐藤」が四人いたこともあった。それを機に名前で呼び合うことで親しくなれることは、経験でわかっている。

 それに、俺はカメラ以外に取り柄がないけれど、人と打ち解けることに関しては自信があった。学生時代は、いわゆるスクールカーストはあったが、俺はどのグループとも仲良くやっていた。

「それはいいけど、あなた、澄生っていうより、ボヤオって顔してるわね」

(ボヤオっていう顔?)

 俺は思わず顔に手をやった。

 友達に「澄生はふわっとした雰囲気だよね」と言われることが何度かあったけど、会って数分で指摘されるのは初めてだ。そんなに俺は、ボンヤリとした顔をしているのだろうか。

「じゃあ早速、今日から動ける?」

「はい」

 面接だけかと思っていた俺は、緊張して背筋を伸ばした。どうやら採用されたらしい。社長を見ると、「ほら、大丈夫だったでしょ」という顔で微笑んでいた。

「澄生くんくらいマイペースな方がいいわ。いいコンビになると思うな。この子、いろいろ抱えてるから、面倒みてやってね」

(いろいろ抱えてる?)

 それはなんだと俺が問いただす前に、紫子さんは社長をキッと睨んだ。社長はにっこりと微笑む。

 ちょっと、聞けそうもない空気だ。

「話がまとまったところで、私は原稿に戻るわね」

 そう言って社長は机に座り、ものすごい勢いでパソコンのキーボードを叩き始めた。キーを打つ音が途切れず、指先が見えないほど早い。紫子さんは「マイペースなのは愛さんでしょ」と、あきれたという表情で腰に手を当てた。

「愛さんはこの会社を立ち上げるまでは、現場に出るバリバリの記者だったんだけど、今はアンカーしかやってないの」

「アンカー?」

 また知らない単語が出てしまった。紫子さんは「そんなことも知らないの?」と言わんばかりに細い眉をしかめる。

「きちんと説明しなさいよ。あなたは澄生くんの教育係でもあるんですからね」

 社長は手を止めずに紫子さんに言う。紫子さんは肩をすくめて俺を見上げた。

「週刊誌はスケジュールがタイトなの。だから、たとえば七ページの企画をすべて一人で取材して、データを作って、原稿を書くのは難しいでしょ。場合によっては、北海道や沖縄の現地取材が必要なこともあるから」

 俺は紫子さんの言葉にうなずいた。社長から聞いた進行では、とても一人で出来そうもない。

「そういう場合は取材を複数人で分担して、そのデータを集めて、一人が原稿を書くことになるの。取材をしてデータ原稿を書いたり、資料を集めるのが“データマン”。そのデータを見て、雑誌のカラーや読者層に合わせて記事を書くのが“アンカーマン”って呼ばれるわけ」

 なるほど。

「企画が早く決まって時間にゆとりがあったり、ページ数が少なかったりすれば、取材からアンカーまですべて一人ですることもあるわ。それとは別に、傾向としては、新人はデータ集めを担当して、ベテランがアンカーをするってことも多いわね。愛さんは後者の、ベテランのケースよ」

「わかりました。ありがとうございます」

 写真さえ撮ればいいと思っていたけど、事前に雑誌業界のことを調べておけばよかった。知らないことが多すぎて、説明ばかりさせてしまって申し訳ない。

「それで、これから私たちが向かう現場だけど」

「はい」

 そうだ、今日から動けるかと聞かれていたんだった。

 再び、俺の身体に緊張が走った。

「大物俳優がホテルで披露宴を挙げるの」

 名前を聞くと、日本人なら誰もが一度は目にしているであろう、国民的なベテラン俳優だった。再婚なので公にせず、親しい友人を集めて極秘で披露宴を挙げるという。

 再婚は公表しているのでネタにならないが、披露宴を挙げること、そしてどんな内容の披露宴で、誰が来ていたのかがわかれば大きな記事になるという。

いわゆる、スクープだ。

「極秘なのに、なぜそこで披露宴が行われることがわかったんですか?」

 紫子さんは、なぜそんな当たり前のことを聞くのか、と言いたげに、半眼になって俺を見る。

 そんなにおかしな質問だっただろうか。素朴な疑問だと思うけど。

「いろんな方法で情報が入るのよ。一般人からのタレこみだってあるし、記事に取り上げてほしくて本人がリークする場合もある。そして、私たちが引き出したネタってこともある。今回は、私のネタ元の情報」

「ネタ元って、情報屋のことですか? そういう人、本当にいるんですね」

 テレビでしか見たことがない。情報屋はホームレスのようだったり、逆にインテリ風だったりもするが、情報を聞いたお礼に現金を手渡すのだ。

「いるよ。それを生業にしている人もいれば、芸能界にいて小遣い稼ぎに情報をくれる人もいるし、航空関係や宿泊施設で芸能人が来たら教えてくれる人もいる。そういうネタ元をどれだけ持てるかが、スクープを取るのに重要な要素になるの」

 ということは、俺もそういう“ネタ元”を得ないといけないわけだ。

聞けば聞くほど、自分には向かない仕事だと思う。俺は駆け引きのようなことが苦手だ。

「いっぺんにしようと思わなくていいわ。初めは、求められた写真を撮ることだけを考えて。ネタは現場に慣れてからでいいから」

(そう言ってもらえるとありがたい)

 俺は若干、肩の荷が下りた気になる。

「あなた、詰め込みすぎると全部失敗する、って顔してる」

 俺は顔に手を当てた。

(俺って、そんなに顔に出るんだ)

「ということで、これからホテルに行くわけだけど。いいスーツ持ってる?」

「いいかどうかわからないですけど、昨年の卒業式で着たスーツがあります」

 紫子さんは、細い首を傾げてから、「それでいっか」とうなずいた。

「あと、隠しカメラが必要ね」

「ペンとか時計とかメガネに仕込まれている、小型カメラですか?」

 スパイ映画によく出てくるやつだ。

「そういうのを使うこともあるけど、カメラマンにはちゃんとしたカメラで撮ってもらわないと」

 鞄に一眼レフカメラを仕込んで隠し撮りをする方法などを教えてもらい、紫子さんと二人で披露宴が行われるホテルに向かった。


 ――こうして俺は、披露宴終りの有名人たちの撮影に成功した。

 芸能事務所の黒服たちにカメラを取り上げられそうになったが、紫子さんに助けられて、なんとか逃げ出すことができた。

 その写真は社長が期待してくれたように、週刊誌の巻頭カラーを飾った。自分の撮った写真が大きく扱われ、ワイドショーなどでも大写しにされるのはこそばゆく、少し気持ちが良かった。

 幸先がいいと喜んだのも束の間。

 これはビギナーズラックだったと思い知るのは、それからすぐのことだった――

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