スタジオカメラマンと報道カメラマン 3

「プランを出すって、どういうことですか?」

 社長は考えるような表情をして、持っていたマグカップを指の腹でぽんぽんと叩いた。

「そうねえ。紫子はまだ来そうもないし、簡単に仕事内容の説明をしておこうか」

「お願いします」

 どこから話そうかな、と言いながら、社長は立ち上がって、ラックにある雑誌を何冊も抱えて戻ってきた。

「うちは編集プロダクションだから、依頼があればどの媒体でも受けるけど、競合する雑誌は掛け持ちしないって、暗黙のルールがあるの」

「競合する雑誌?」

「女性週刊誌がわかりやすいわね。明確に、三誌しかないから」

 社長は『週刊女性』『女性自身』『女性セブン』を机に並べた。

「写真週刊誌も、廃刊やら休刊やらで、今はこの二誌」

『FRIDAY』『FLASH』が机に置かれる。

「層が厚いのは一般週刊誌で、この辺りが有名ね」

 最後に『週刊新潮』『週刊文春』『週刊現代』『週刊ポスト』が机に並ぶ。

「で、うちはそれぞれ、発行部数が一番多い媒体とやってます。ギャランティがいいからね」

 社長はにっこりと微笑んで、指でお金のマークを作った。さすが経営者。

「まあ、ネタが没になったら、こっそり競合に流すこともあるんだけど」

 ルールはどうした。

「基本的にどんな内容でも受けるけど、この辺りを担当することが多いわね」

 社長は、表紙から数ページあるカラーページと、その後に続くモノクロページをつまんで見せた。

「週刊誌って、二つ折りの紙を重ねて、中央がステッチでとまってるでしょ。その部分をノドっていうんだけど。こういう製本方法を、中綴じっていうの」

 百ページの本だとしたら、中間の五十ページと五十一ページの間が、ホッチキスでとまっている感じだ。

「週刊誌の場合はステッチが見える内側のページから刷り始めるのよ」

 つまりさっきの例の、五十ページと五十一ページの見開きから刷るということだ。

 社長は、雑誌の真ん中のページを開いた。ラーメン特集の見開きだった。

「たとえば、水曜日発売の週刊誌があるとするわね。一番内側、この雑誌でいうとラーメン特集は、発売日の一週間前の水曜日が校了日」

 校了というのは、完成原稿の修正がすべて反映されて、印刷可能な状態になることだそうだ。

「もう少し外側のページはその翌日、更に外側のページは翌々日に校了して、どんどんと刷っていく。つまり、表紙に近づくほど、後から刷っているってわけ。そして表紙・裏表紙が一番最後で、刷り終ったら製本するわけね。全ページを一気に刷ろうとすると時間がかかって、旬な話題を入れながら全国に届けられないでしょ」

「なるほど。だから事件やスキャンダルのようなホットな話題は、雑誌の外側、一番前か一番後ろに載るんですね。ニュース性の高い記事は最後に刷っているから」

 手前にある雑誌をめくりながら俺は言った。

「そうよ。澄生くんは飲みこみが早いわね」

 社長はうなずいた。

 内側の記事は、一、二週間遅れて掲載されたとしても問題がなさそうな実用的な話とか、連載小説や漫画、コラムが多い。でも外側のページは、目玉になるようなグラビア写真もあるけれど、直近の会見や事件、スクープが掲載されている。

 そういう目で見ると、すべての週刊誌が同じような構成になっているから面白い。

「水曜日発売だとして、この巻頭カラーページ、何曜日に校了すると思う?」

「えっと、内側の一番ゆっくり刷れる記事が、一週間前の水曜日って言ってたから……土曜日くらい?」

 土曜日でも、発売日まで四日しかない。

「ハズレ。答えは月曜日。しかも夜」

「月曜日? それで翌々日に書店で発売できるんですか?」

「できるの。しかも翌日の火曜日には編集部に見本誌が届くんだから驚きよね」

「それは……、早すぎて怖いくらいですね」

 テレビドラマで、栄養ドリンクを飲みながら血眼になって、徹夜だなんだと大騒ぎしている雑誌の編集部が描かれたりしているけど、こんなスケジュールでは無理もない。

「で、あなたは紫子と組んで、巻頭カラーになるようなスクープを撮りまくってほしいわけよ。そこで雑誌の売り上げも変わるんだから、いわば花形のページ枠なのよ」

 そういう話に繋がるわけか。

 さっき質問したプランというのは、記事になりそうなネタを提出することだった。つまり、さっき社長が読み上げた見出しのような、著名人の裏情報だ。

 プラン料も支払うと言われたが、毎週五つはネタを出すようにと言われて、今から出せるか心配になる。

「遅れてごめん、会見が押しちゃって」

 ドアが開く音と共に、空気の軌道が出来たのか、爽やかな風が部屋を吹き抜けた。

そんな風にも似た凛とした声に振り返ると、スタイルのいい女性が、胸まであるウェーブのかかった栗色の髪をなびかせながら立っていた。

 大きな瞳はアイメイクのせいかつり気味で、瞬きをすると風が起こりそうなくらい睫毛が長い。鼻梁はスッと通っていて、適度に厚みのある唇は果実のように潤っていた。

 白いYシャツに黒いパンツとローヒールというシンプルな服装が、オーダーメイドのように似合っている。

 俺は撮影スタジオにいたので、モデルやグラビアアイドルなどは見慣れているけれど、こんな美人は見たことがなかった。

 この人がエース記者だという、佐藤紫子さんだろう。

 イメージしていた、鬼のようなキャリアウーマン像が消え去った。

「佐藤澄生です。澄み渡るという字に、生きるで、スミオです」

 俺は立ち上がってあいさつをした。

「あなたがカメラマン志望の」

 紫子さんは俺の前で細い腕を組み、査定でもするかのように、上から下まで俺を見た。

「休みがないし、深夜だろうと朝方だろうと稼働するけど、大丈夫?」

 休みはないのか。

 一瞬ひるみそうになったが、スタジオを辞めている俺に引き返す道はない。

「頑張ります」

「そう。じゃあ、一緒にやりましょう」

 紫子さんはニッと口角を上げて、俺に手を差し出した。「よろしくお願いします」と言いながら握ったその手は、心配になるくらい華奢で冷たかった。

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