スタジオカメラマンと報道カメラマン 2
それからも雑談が続いた。
俺は社長の話にぎこちなく相槌を打っていたのだが、一向に本題に入らないので、水を向けてみる。
「面接は始まっているんですか?」
「あら、そんな大層なものはないわよ」
「えっ」
拍子抜けだ。実力を見られると思って、履歴書のほかに、今まで撮りためた作品をプリントアウトして持って来たのに。
「俺、採用ですか?」
「それはまだわからないわね。決めるのはユカリコだから。約束の時間が過ぎてるのに、まだ来ないのよ。前の現場が押してるんだろうね。ごめんなさいね」
「ユカリコ、さん?」
女性の名前だろうか。珍しい名だ。
「紫色の子供と書いて、紫子。名字はあなたと同じ佐藤よ」
なんとなく、俺はシソのふりかけを思い浮かべた。
「若いけど、うちのエース記者なの。あの子の相棒のカメラマンを募集してるのよ。あの子は主張が激しいから、ベテランカメラマンと組むとぶつかっちゃってね。そのくせ、新人をつけても腕が悪いとキレるし」
俺は、角のはえた、ものすごく怖いキャリアウーマンをイメージした。
「それに、あの子の取ったネタで、うち以外のカメラマンを食わせるのも悔しいでしょ」
「はあ」
俺は気の抜けた返事をしてしまった。本音が垣間見えた気がする。
「でもまあ多分、澄生くんは合格ね」
「なぜですか?」
「イケメンだから」
「は?」
聞き違いかと思ったが、そうではないらしい。社長はニヤリと笑っている。
「俺はカメラマン志望ですけど」
「わかってるわよ」
意味がわからず、俺は困って眉を下げた。
「この仕事は容姿も大事なの。ネタを取ってもらわないといけないし」
「ネタって……」
「こういう、表紙になるような情報よ」
社長は手近にあった週刊誌を手にして、タイトルを指さした。
『アイドル焼肉デート撮り』
『おしどり夫婦、実は離婚していた!』
『本誌独占インタビュー あの凶悪少年犯罪の母の心境』
テレビのワイドショーでよく見かけるタイトルが踊っていた。
「こういったネタ探しも、カメラマンの仕事なんですか?」
別世界の出来事のようだ。その「ネタ」というものを集められる気がしない。
「主に記者の仕事だけど、うちの事務所の場合は、スタッフ全員に毎週プランを出してもらってるの。情報を持っている人からネタを取るには、誰かが会話をしているところを盗み聞きする方法もあるけど、多くは情報を持っている人と対話をして、話術で引き出すわけ。そのとき、容姿がいい方が有利なのよ」
わかるような、わからないような。
俺はさらに眉を下ながら、想像してみる。
たとえば、マスコミが垂涎するようなビッグな情報を、俺が持っているとする。
目の前に、若くて綺麗な女性と白髪のおばあちゃんがいて、どっちに口を滑らせるか、って話だろうか。
(俺だったら……)
右側から美女が俺にしなだれかかり、「情報をくれたら、私を好きにしていいのよ」なんて甘く誘惑する。
左側からおばあちゃんが、「その情報がないと、孫に合わせる顔がないの……」と、ほとほと困っている。
「そういう話なら、おばあちゃんが最強ですね」
「あなたは、なにを言っているの?」
社長におかしな顔をされてしまった。
よく俺は、そんな表情を向けられる。考えていたことを説明しても、事態が好転したことがないので、話を変えることにした。
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