第27話
夢のようなアイドルフェスを終えた翌日。
深月さんはスタイルの良い身体をベッドに放り、うつ伏せになっていた。
「万央くん、約束だよ。マッサージお願いね」
いつものダボッとした大きめのTシャツにショートパンツ、下ツインテール姿の深月さん。昨日までの重圧からようやく解放されて、完全にゆるみ切っている。
「たしかに約束はしたけどさ。僕、マッサージなんてしたことないよ」
「万央くんの好きなようにしてくれていいよ。ふふっ、よかったね万央くん。今ならお姉ちゃんの身体触り放題だよ」
「変な言い方しないでよ。だいたい、ライブの後に誰かにマッサージしてもらえないの?」
「もちろん、してもらったよ」
「それなら僕がする必要ないじゃない」
「こういうのはいくら念入りにしてもいいからね。万央くんだって、お姉ちゃんが身体を壊したら困るでしょう?」
「それはそうだけど」
「じゃあ、どうするべきか分かるよね~?」
「調子いいなあ」
深月さんが僕のマッサージを待ちわびるように目を閉じる。
まあ、深月さんがライブで疲れているのは事実だし、仕方ないか。
僕はようやく覚悟を決めると、深月さんの張りのある細い背中に手を合わせ、親指を沈めるようにぐっと押してみた。
「あっ……初めてにしては上手よ、万央くん。……あっ、そこっ、気持ちいいっ!」
「お願いだから、変な声出さないで」
ただマッサージをしてあげているだけなのに、なんだかすごく恥ずかしくてイケナイことをしているような気分になってきた。
「ところで万央くん。昨日の私、どうだった?」
「最高にかっこよかったよ。もっとずっと見ていたかった」
「えへへ、ありがとう」
アイドルフェスは大団円のうちに幕を閉じ、大トリを務めた『A―DRESS』は昨夜のトレンドの一位を獲得するほどの人気ぶりだった。
当然、ファンの熱気の矛先は深月さんにも向けられ、おびただしい数の好意的なコメントが寄せられていた。
『深月しか勝たん!』『泣いた』『ビジュもパフォーマンスも天才過ぎる!』『クールな深月ちゃん、大好き!』『凄すぎて怖いくらいだった!』
そんな絶賛の言葉を深月さんに伝えてみると、深月さんはますます満たされたような得意げな笑みをこぼすのだった。
「ふふっ、怖いくらいかぁ。たしかに、あの時の私は殺気だって見えたかもね。嫉妬という名の紅蓮の炎でこの身を焼かれそうだったから」
急に中二病みたいなことを言い出す深月さん。
「でも、そんなにすごかったなら、もっとご褒美をもらってもいいよね?」
うつ伏せになりながら、頭をわずかに僕のほうに傾けてくる深月さん。どうやら「いい子いい子」してほしいらしい。
お望み通り頭をそっと撫でてやると、深月さんは「にゃはぁっ♪」と気持ちよさそうに喉を鳴らした。まるで聞き分けのいい猫みたいだ。
「もう、昨日のクールな深月さんはどこに行っちゃったの?」
「あれは偶像の三船深月。家でくらい素の私でいさせてよ。それとも、万央くんもクールな私のほうがお好みだった?」
ふいに尋ねられ、しばしとまどう。
クールなアイドルの深月さんと、甘えん坊なお姉さんの深月さん。どちらが僕の好みだろう?
「どっちもかな」
「どっちもって?」
「クールなアイドルの深月さんも、甘えん坊な素の深月さんも、どちらも深月さんに変わりはないから。どっちも好みって言うか」
「万央くん……っ」
僕が照れくさそうにそう言うと、深月さんは感動したように瞳を潤ませ、がばっと勢いよく起き上がった。
そして、僕をいつも以上に強くぎゅうぅ~っ! と抱きしめてきた。
「もう、しょうがないなぁ、万央くんは。そんなにもお姉ちゃんのことが大好きなんだねっ!」
「ちょっと深月さん、落ち着いてっ。離れて~っ!」
深月さんの双丘の柔らかい感触に、僕の顔がカアァッ! と熱くなる。僕は何とか深月さんの身体を押し返し、ようやくホッと息を吐いた。
深月さんが長い美脚を組んでベッドに座り、うかがうような上目づかいで僕にたずねる。
「それで、夢羽ちゃんとはどうだったの?」
「うん。すごく楽しかったよ」
「……それで、付き合うことにしたの?」
深月さんの問いに、僕は首を横にふった。
「夢羽さん、今度深月さんの事務所のオーディションを受けることにしたみたい。少しでも深月さんに近づきたいんだって」
「え、いいの? アイドルになったら原則恋愛禁止だよ?」
「きっと覚悟の上だよ。だから、僕も夢羽さんの夢を応援してあげたいんだ。それに夢羽さん、こんなことも言っていたよ――『ここで引き下がったら負け』だからって」
深月さんが顎に手を添え、うーむ、と真剣な顔で思考を巡らせる。
「つまり、私は夢羽ちゃんに挑戦状を叩きつけられたってわけだ」
「深月さんのことは『はるか高みに君臨する女神のよう』とも言っていたけどね」
「嬉しいことを言ってくれるね。でも、手は抜かないよ。私だってまだまだ成長するし、万央くんのことを簡単にゆずる気もないからね」
深月さんは不敵な笑みをこぼし、僕にウィンクしてみせた。
それから、自分のとなりをとんとん、と軽く叩き、にこやかに微笑みかける。
「ほら。万央くん。いつまでも突っ立っていないで、お姉ちゃんのとなりに座って。今日は一日オフだもの。もっと二人でイチャイチャしようよ」
「そんなこと言われても。別に、僕たち付き合っているわけでもないし」
「お姉ちゃん、あんなに頑張ったんだよ? これじゃご褒美がぜんぜん足りないよ。万央くんには、もっとあんなコトやこんなコトまでしてほしいな」
深月さんが機嫌よさそうにイシシと笑う。深月さんの妄想の中で、いったい僕はどうなっているのだろう? 嫌な予感しかしない。
深月さんが恍惚の笑みを浮かべて僕の手を取り、となりへと優しく促す。そして、腰を下ろした僕の顎のラインを指先で怪しくなぞると、耳元で甘くささやいた。
「さあ、万央くん。今日はお姉ちゃんといーっぱい楽しいこと、しようね」
ちょうどその時だった。
二人の時間を切り裂くように、深月さんのスマホの着信音が響きわたる。
「もう、誰よこんな時に。げっ、衣知花ちゃん」
深月さんが電話の主の名前を目にして、恐るおそるスマホを手に取り、そっと耳に押し当てる。
「もしもし、衣知花ちゃん? 急にどうしたの?」
それから間もなく、それまで頬をほの赤く染めていた深月さんの顔が、みるみる青ざめていった。
「――え? 万央くんの新しい物件が見つかった?」
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