第11話
「深月と初めて出会ったのは私が十五歳の時。当時私はまだ中学三年生で、深月は高校一年生だった。同期の研修生としてスタートを切った私たちだったけど、けっしてすぐに打ち解けたわけじゃない。むしろ二人の距離は遠かった」
衣知花さんが遠い目をして、懐かしげに過去をふり返る。
「深月は大人しくて、同期の中では目立たない存在だった。色白でスタイルこそ良かったけど、そんな子は他にもたくさんいたし、いつもおどおどして、レッスンについていくだけでも精一杯って感じで。初めはどうしてこんな子がアイドルを目指しているんだろう? って思ったっけ」
「第一印象はあまり良くはなかったんですね」
「そもそも印象が薄くてね。教室の隅にいる目立たない地味な子って感じだったかしら。……ただ、印象も悪さは私も同じ。当時の私ははねっ返りのじゃじゃ馬で、周りのことも知らないくせに、自分が絶対に正しい! って思いこんでいて。それに、自分が一番可愛いと思っていてねー。内心ひそかに周りの子たちを見下したりして。今にしてみれば、そうとう痛い子よね」
衣知花さんが呆れたように肩をすくめる。
「当然、すぐに嫌われたわ。遊びに誘ってもらえないわ、陰で悪口をさんざん言われるわ、物は盗まれるわ、衣装は隠されるわで、それはもうひどかった」
「ほとんどいじめじゃないですか」
「女って怖いのよ。特に、アイドルを目指してしのぎを削ろうなんていう、競争社会にいる子たちはね。すっかりのけ者にされた私は、同じように集団の隅っこにいた深月としだいに話すようになっていった」
衣知花さんが優しい目をしてクスッと笑う。見る人を温かい気持ちにさせるような、人懐っこい笑みだった。
「深月はピュアで優しくて、けっして人のことを悪く言わなかった。だから、他の子たちと上手く交われなかったんでしょうね。私が深月の本当の可愛さに気づいたのは、その頃だった」
衣知花さんはふたたび紅茶を飲み、しんみりした声でさらに続ける。
「深月は何をするにも一生懸命だった。年下の私のアドバイスにも素直に耳を傾けたし、わがままな私を受け入れもしてくれた。私が本気で怒るとしゅんとして……それは今でも申し訳なく思っているけれど、でも、最後には必ず私が求めるレベルに到達した。ああ、この子は本気でアイドルを目指しているんだって、すぐに見直したわ」
「深月さん、真面目で努力家だから」
「それから、二人で一緒にご飯を食べたり、メイクをあれこれ試してみたり、休みの日には街やテーマパークに一緒に出かけるようになってね。気づけば、私のそばにはいつも深月がいてくれた」
「よかった。すっかり仲良しになれたんですね」
「今ではもう、嫁にしたいくらい深月のことが大好きよ。……あ、これは内緒だからね。言ったら承知しないわよ」
そう釘を刺す衣知花さんに、僕は笑みを誘われた。だって、衣知花さんの愛情が僕にはちゃんと伝わってきたから。
衣知花さんが感慨深げに言う。
「だから、深月と一緒にデビューできた時は嬉しかったなー。もちろん、私たち二人だけじゃ駄目だった。そこに史乃が加わり、詩奈と咲良が加わって、私たちに足りないものを補ってくれて。おかげで今の『A―DRESS』が誕生した」
衣知花さんはそこまで話すと、急にギラン! と瞳を輝かせて言い放った。
「でも、私たちの戦いはまだ序章に過ぎないわ。これからもっと売れて、私たちを馬鹿にした連中に必ずぎゃふんと言わせてやる! そのためにも、今度のアイドルフェスでは絶対に負けられないの」
これまで積もりに積もった怨念がこもった黒いオーラを漂わせ、不敵な笑みを浮かべる衣知花さん。勝利への執念がすごい。
僕は苦笑しつつ、衣知花さんに言った。
「でも、そこまで深月さんのことが好きなら、もう少し優しくしてあげてもいいんじゃないでしょうか。家では『また衣知花ちゃんに叱られる』って、時々落ちこんでいますけど」
「そうね。私はきっと、これまで深月をたくさん傷つけてきた。だから、私はどんなに嫌われたっていい。嫌われるのはもう慣れっこだからね。でも、この先どんなことがあっても、深月にだけは絶対に売れてほしい。アイドル三船深月はこんなにも可愛くて素敵な女の子なんだって、世間に知らしめてやりたい。……それが、私があの子にしてあげられる、せめてもの罪滅ぼしかな」
衣知花さんが目を細めて笑みをこぼす。心の奥からじんわりと温もりが広がっていくような、優しい笑みだった。
「僕は嫌いじゃないですよ、衣知花さんのこと。むしろ、今日こうしてお話をうかがって、衣知花さんのことがいっそう好きになりました!」
「馬鹿ね。私はアンタの大事な従姉を傷つけているのよ。嫌いになるでしょ、フツー」
「嫌いになんてなれません。だって、衣知花さんはこんなにも愛情深い人だから。僕が衣知花さんのことを好きなように、深月さんにも、衣知花さんの愛はきっと伝わっていると思います」
「アンタ、そういう恥ずいこと、よく面と向かって言えるわね」
「だって、衣知花さんも深月さんに負けず劣らず本当に可愛くて素敵な人なんですもん」
「や、やめてよね。私はそんなキャラじゃないって言ってるでしょ。腹黒で、裏表があって、売れるためなら平気で仲間を追いこむ性悪女よ」
「深月さんのためを思ってのことですよね? 僕には分かります。きっと深月さんだって」
「あーもう、やめやめっ。アンタとしゃべってると調子狂う」
衣知花さんが気恥ずかしそうに頬を朱に染め、席を立つ。
「今日はもう帰るわ。邪魔したわね。……それと、アンタ、万央って言ったっけ。深月のこと、頼んだわよ」
「任せてください」
「近いうちに出て行ってもらうけどね」
「そんなぁ……」
僕もまた席を立ち、衣知花さんを見送ろうと共に玄関へと向かう。
そして、リビングの扉を開けて、僕たちはびっくりした。
なんと、リビングの入り口付近の廊下に睦月さんが座りこみ、壁に背を預けて、ボロボロと泣いていたのだ。
「み、深月!? アンタ、いったいいつからそこに? まさか、さっきの話を聞いてたんじゃないでしょうね!」
「……えぐっ……えぐっ……ごめんね、衣知花ちゃん……私、今よりもっと頑張るからぁ~っ!」
「きゃあっ!?」
深月さんが泣きながら衣知花さんに抱きつく。たちまち衣知花さんが体勢を崩し、廊下に尻もちをついてしまった。
「痛ったあ~。ちょっと離れなさい、深月!」
「うえぇ……っ、大好きよ、衣知花ちゃん……っ」
「ああ、もうっ! 分かったから! 離れなさいっての!」
ついに衣知花さんは深月さんの身体を強引に押し返し、廊下に捨て置くと、頬を赤らめながら玄関へと逃げ出した。
「フンッ! とにかく、さっさと身体を治しなさいよね! 本番に間に合わなかったら承知しないんだから!」
こうして、衣知花さんは子犬のように吠えたてると、怒ったように家を去っていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます