第6話

 深月さんが見たがっていたのは、意外にもホラー映画だった。

 僕はポップコーンとドリンクを乗せたトレイを両手に持ちながら、深月さんにたずねた。


「深月さん、怖いの大丈夫だっけ?」

「ううん、ぜんぜん」


 深月さんは恐怖心を少しも隠さず、あっけらかんと答える。


「でも、この作品は小中学生向けであまり怖くないって聞いているから、きっと大丈夫だよ」


 深月さんは余裕のある笑みをこぼし、さらに続ける。


「それに、この映画には詩奈しいなちゃんと咲良さくらちゃんが出ているんだもん。二人の対決をこの目でしかと見届けなくちゃ」


 深月さんの口から二人のアイドルの名前が飛び出す。

 四宮詩奈さんと五月女咲良さん――二人もまた深月さんが所属するアイドルグループ『A―DRESS』のメンバーだ。しかも、二人にはまだ高校生という共通点がある。メンバーの中でも特に若い二人なのだ。


 やがて上映時間となり、ホラー映画がスタートした。

 内容はいわゆる学校の怪談的なもので、旧校舎に棲みついた女子高生の悪霊が、学校に通う在校生を一人また一人と死に追いやるといったストーリーらしい。


 この悪霊を演じているのが詩奈さんだった。普段はショートボブでさっぱりとした印象のある彼女だが、映画の中では雰囲気が一変。

 黒いセーラー服に袖を通した詩奈さんは、氷のような冷たい表情をたたえ、青い瞳を輝かせて、生徒に死を宣告する。


『いっぺん死んできなよ。そのほうが、みんなもきっと喜ぶと思うからさ』


 震えるような冷酷な声で告げる悪霊、詩奈さん。迫力があって、思わず背筋がゾッと寒くなる名演技だ。


 それにしても、この悪霊。

 殺す相手がSNSに誹謗中傷を書きこむ性格の悪い生徒だったり、先生に歯向かって教室の輪を乱す生徒だったり、弱い者いじめをして憂さを晴らす生徒だったりして、案外悪霊のほうがいい人に思えてしまう。


『ボク、あなたみたいな身勝手な人たちのせいで犠牲になったんだけど。どうしてくれるの?』


 どうやらこの悪霊はかつての在校生で、誰にも言えない悩みに苦しんで自殺したという設定らしい。小中学生向けというだけあってストーリーが分かりやすくて、あまり怖くはなく、むしろ詩奈さんが演じる悪霊に共感さえおぼえてきた。


 一方、となりに座る深月さんはというと、「きゃっ!」「ヒィッ!」「怖くて画面が見れないよぉ……」などと可憐な声をたびたびもらし、たいへん怖がっていらっしゃる。

 しかも、暗闇の中で僕の手をしっかり掴んで離してくれないのだから、困りものだ。

 深月さんは昔から怖がりだったけれど、本質は今でもちっとも変わらないな――そう気づいたら、なんだか可笑しさがこみ上げてきた。


『ボク、面倒なのは嫌いなんだ。だからさ、もう、みんなまとめて粛清するね』

『そうはさせませんっ!』


 夜の校舎にはびこる恐怖をふり払うような力強い声が突如響く。

 声の主は咲良さんだ。長い髪を後ろで一つに束ね、巫女装束に身を包み、きりりと眉をつり上げて詩奈さんを迎え撃つ。

 咲良さんが演じるのは、表の顔は生徒会長、その正体は神聖な血を引く祓い屋家業の末裔というメインヒロインだ。


『普段は海のように心の広い私ですが、今夜ばかりは堪忍袋の緒が切れました! あなたを成敗します!』

『やれやれ、これだから人間は』


 詩奈さんの澄んだ瞳に青い炎が宿る。と同時に、黒いセーラー服姿の詩奈さんの全身から、青いオーラが揺らめき出した。

 そして、詩奈さんと対峙する咲良さんもまた、瞳に赤い炎を灯し、巫女装束姿の全身から赤いオーラを漂わせる。


『ボクは誰も信じない! あなたにも同じ苦痛を味わわせてやる! うおおお――っ!』

『返り討ちにしてやりますとも! てやああ――っ!』


 ついに激しいバトルを始めてしまう詩奈さんと咲良さん。キックやパンチ、必殺技の応酬は、もはやホラー映画の枠を超え、SFアクション大作にも引けを取らないほどの大迫力だ。


「いけ、詩奈ちゃん! 負けるな、咲良ちゃん!」


 となりの席で、深月さんが、二人の気合いが乗り移ったかのように興奮ぎみにパンチをくり出す。感情移入するのはいいけど、ちょっとは落ち着いてほしい。


『隙を見せましたね! もらったああァ――ッ!』

『しまっ!? キャアァ――ッ!』


 祓い屋の少女がついに悪霊を退治する。

 黒い霧となった悪霊の魂はそのまま招き猫の形をした貯金箱に封印され、映画はようやくエンディングを迎えたのだった――。



  〇



「はあーっ、面白かったーっ!」


 映画館を出るなり、深月さんがすっかり満たされたように大きく伸びをする。


「最後の二人のバトルも最高だったね」

「うん。なんだか熱血少年マンガみたいだったね」

「私も思わず熱が入っちゃったよ。さっそく二人に連絡してあげよっと」


 すっかりテンションが上がっている深月さんが、肩にかけたハンドバッグからスマホを取り出し、慣れた手つきで文字を打ちこんでいく。


「二人ともすごいなあ。演技が上手で、人を惹きつける魅力もあって。私も頑張らなくちゃ」

「深月さんだって頑張っているじゃない。CMに出演したりして」

「私なんてまだまだだよ。衣知花ちゃんはバラエティー番組に引っ張りだこだし、史乃さんは写真集の売れ行きが絶好調。詩奈ちゃんと咲良ちゃんは映画のメインヒロインに抜擢されていい波が来ているし、なんだか私だけ置いてけぼりにされている気持ちだよ」


 深月さんが眉をハの字に寄せて苦笑する。どうやら他のメンバーの活躍にかなり刺激を受けているようだ。


「僕には深月さんも負けず劣らず輝いて見えるけどなあ」

「ふふっ、ありがとう。でも、自分ではまだまだ足りないって分かっているから。私、これからもっと頑張るね」


 深月さんが爽やかに微笑みかける。純粋でまっすぐで晴れやかな深月さんの微笑みを、僕はとても美しいと感じた。

 僕もまたしぜんと笑みを誘われ、素直な感想を告げた。


「いいグループだね、『A―DRESS』って。お互いにいい影響を与え合って」

「だねー」


 深月さんがにこやかに笑う。


「みんな最高の仲間であり、最大のライバルなんだよ。だから私も負けていられないって思うし、もっと力を合わせていかなくちゃとも思う。来月にはアイドルフェスも控えているしね」

「じゃあ、この後は休日返上で自主練でもする?」

「万央くんの意地悪」


 深月さんが拗ねたようにぷくっと頬を膨らませる。


「今日はせっかくのオフなんだもの。二人でもっと楽しもうっ」


 こうして、僕たち二人は久しぶりにファッションビルを一緒に巡って、休日のショッピングを楽しんだのだった。


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