ご覧なさい、やはり前世からのフィーリングです
しかし何も思い浮かばないまま、一日目は終わった。
一日目のスケジュールとして、みんなで首里城やら旧海軍防空壕やらを巡った後、那覇市のA&Wでビックマック2個分くらいのハンバーガーを食べた。ワイキキビーチではもっとデカいバーガーが食べられると自慢げにいう水野を放置し、俺はしずくの傍に寄った。
「ま、まままま待って。しゅーくん」
「なんだ、近づくなってか。傷付くぞ。俺想像以上にナイーブだぞ」
「や、あの、そうじゃなくって……」しずくはもじもじしながら、「あの、3日目に何て切り出すか、考えてるから……」
俺はスキップしながら戻り、水野の本当か嘘かも分からない自慢話を全部肯定してやるだけの精神的余裕を得られた。
「水野ぉ、愛はいいなぁ。世界が愛で満ち溢れればいいのになぁ」
「愛さえ与えられれば人が救われると思い込んでいる思慮の浅さに絶望するわ」
水野は闇の深そうなことを言った。ちょっぴり傷付いた。
前のしずくの干渉、あるいはその正体について考察するべきだったが、やめた。これは何も俺たちが恋愛脳になっているだけなのが理由ではない。そもそも現時点の俺たちにあるのは、スーパーディープフェイクのファイルとこの期に及んで沈黙を決め込む切り抜きAVだけだ。そこから連想ゲームをしていても、やがて
新たに情報がもたらされればそれでよし、そうでなくとも、俺はもうしずくを寝取らせないという本来の目的を達成しているし、しずくだってそうだ。
AVの方は、恐らくだが12月24日に前のしずくが合成した寝取られビデオレター、その元ネタとなったものだろう。
未来のしずくの存在によって裏付けの取れた情報の整理をする。
・23/12/24、前の俺の元に届けられたビデオレターはスーパーディープフェイクを用いて作成した偽物である。
ただし何故しずくが31年の技術であるスーパーディープフェイクを所持していたのか、編集する技術をなぜ有していたのかは不明。
・羽場柊(33)が自殺していたことは確定。俺は羽場柊(33)の記憶と自我データを移植されただけのスワンプマンで、本質は高校二年生の羽場柊。
・しずくから行動しないと、羽場柊は何者かに奪われる運命にあるらしい。ただこの可能性に関してはもう考慮せずとも良いと思われる。
「……」
ホテルのベッドに寝転がって、しずくから送られてきたメモを眺めた。
ここから新たにわかることはない。
強いていうのであれば、ディープフェイクをもたらした存在だが、それも全て仮説の域を出ない。頭が痛くなってきた。せっかくの修学旅行なのに何でこんなこと考えてんだっていう想いもあった。
「向き合うことと向き合わないのは罪だっつーの……」
白崎父の口癖を真似ながら部屋を出た。沖縄はまだ残暑くらいの気候なので、半袖でも十二分にいける。
同室の田代は野球部とオタクグループでボードゲーム大会を楽しんでいるらしい。誘われなかった辺り俺って友達いないんじゃないかと思う。泣いてないけどね。うん、いや、マジで。
しずくもどう告白するのか考えているため、あまり本人がズケズケ接触するのも印象が悪いだろう。
「寂しい……自転車乗りたい……」
水野辺りの部屋に押しかけて何かしようかなと考えた矢先、隣のクラスの女子(名前忘れた)の肩を抱いてどっかに消えていくワイキキハンバーガーの姿が見えた。俺はマジで行く宛を無くし、いたずらにホテル内をぶらぶらするだけの怪奇現象と化した。
自販機があったので、例によって天然水を補充。
一本のキャップを開けながら、ロビーのベンチに座った。瀟洒な内装と、深夜に差し掛かろうとしている時間帯特有のまったりした空気を眺めることにした。
担当のホテルマンは誰もいないのに姿勢を崩さない。プロだと関心する。
「……あ?」
俺がさっき使った自販機の前に、何か、こう、嫌な見覚えのある女が立っていた。
「あら?」
女は演技がかった動作で首をもたげ、ゆっくりと俺へ視線を向けた。
俺は一気に残りを飲み干しても、まだ動揺を引きずっていた。
女は俺の姿を認めると、いつかと同じように、ニタリと笑った。
「あなた」
「……」
しずくとは対照的な肉感的な唇は、常に妖しい微笑を湛えていた。
グラマラスと称しても過言ではない体型の上に、切れ長の酷薄な目つきが浮かぶ。
すらりと伸びた高身長と、ウェーブのかかった茶色い長髪。
高飛車なお嬢様か、冷酷なサディスト。
少なくとも可憐な囚われの姫という者はいまい。
「気に入りました」
「なあ」
「私の豚になる権利をあげます」
「……双子の兄は元気か?」
志村瑞樹。
「あら、私は何も話していないのですが。なぜあの凡才のことを? それはあなたが私のストーカーなのか、それか運命レベルのフィーリングがあるからに他なりませんね」
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