スマホに異常なかったっぽい幼馴染とパフェ食べる

 auショップは相変わらず混んでいる。なんでいつも混んでいるのだろう。

 しずくは新型の機種をためつすがめつ眺めていた。


「そういえばしずくもauだっけ」

「うん。んーでもなぁ。わたしが重視してるのって回線の速度だから」

「あー確かになぁ。社内のクラウドが一部だけ共有されてないとか、アクセス殺到で負荷が大きくなるとダウンロード失敗するとかあったからなぁ。その辺りの管理は志村がやってたっけ。情シス大変そうだったなぁ」

「社内クラウド? 情シス?」

「FF7の話だ」


 しずくは怪訝そうだったが、受け流してくれるようだった。何かそのうち正体が露見し、その瞬間未来へ戻されるオチとかあるような気がしてくる。細心の注意を払わねばならない。


 やがて番号を呼ばれて笑顔が素敵なお姉さんの前に通された。

 なぜかしずくもついてきた。乙に澄まして「わたし無関係ですけど」みたいな顔をしている。


 やがてお姉さんも無視して説明を始めた。


 結論からして、俺のスマホにはなんの異常もなかった。

 何かから干渉された形跡とか着信履歴が消された痕跡の捜索も頼んだが、5分ほど待った後、お姉さんは小首を傾げた。


「何もないですね。何かエラーがございましたか?」

「ああ、一昨日ですね。LINEしていたら急に電源が落ちて。充電は80%くらいあったんですけど……」

「うーん、一応お客様のプランだと……水没や破損に対応するための代替機種を用意することも可能ですが。どうなさいますか?」

「あー、故障してないならいいんです。あんまりにも頻発するようなら、じゃあ、はい、使わせてもらいますね」


 何事もなくauショップを後にする。しずくは結局何も買わなかったようだ。


「……」

「しゅーくん? やっぱり代替機種もらっておく?」

「ああいや、そうじゃない。大丈夫」

「むぅ、またしゅーくんがわたしの知らないこと考えてる……」

「なんで急に電源落ちたんだろうなって考えてた。ポルターガイストかな」

「ひっ、やだ、え、幽霊とかいないよ。いない。いたとしたら恐竜の幽霊いないのおかしいもん。はい論破」


 わけわからないことを言う幼馴染をいなしながら歩き出す。ちなみに行く当てはない。


「……」


 スマホのエラーという線は潰れた。元からその可能性は低いと睨んでいたので、想定外でもなんでもない。


 昨晩、もう一回だけ例の動画の再生を試みた。やはり形式に対応していないの一点張り。収穫はなかった。


 別のアプローチ。パソコンの方へデータを移して形式の変更も試そうとしてみたが、どういうわけかエクスプローラーにファイルそのものが反映されていなかった。スマホと同じ所在地へアクセスしてみたが、そこには影も形もないのだ。


 それに加えて、外部からの干渉を受けた形跡もないというのは解せない。


 調べた限りでは、LINEには送信自体を取り消す機能があった。だが送信取り消し履歴は相手からも確認できるそうで、メッセージのやり取り自体をなかったことにするには、チャットそのものを抹消するしかない。


 外部からの干渉なしに、それは不可能だ。


 しずくを名乗る謎の女。送られてきた編集済みのアダルトビデオ。


 無関係とは思えない。磨りガラス越しの光に似た、薄い線と線のつながりは認識できる。だが、それがどういうつながりなのか明言する確たる証拠はなかった。


「わかんねぇなぁ」

「え、なにが?」

「何も言ってないよ俺」

「なんでしょうもない嘘吐くの……」


 ジト目のしずくを見る。


 デート中につまんないこと考えるものでもないか。


 俺は咄嗟に言い訳した。


「お昼。何食べたいのかわからないなぁって。しずく何か食べたい物とかあるか? 叙々苑でもいいぞ」

「この辺り叙々苑ないよ」


 あったら行くのか。

 しずくは顎に指を添えて考え込む素振り。


「でもなぁ、うん、わたしも素直にならなきゃって言ってたもんなぁ……」

「別にしずくは素直だと思うけどな」

「え? 何が?」

「俺もしずくも独り言多いなぁって」

「えー? しゅーくんはともかくわたしはそんなことないよー」

「イラっとしたからしずくをシェイクする」

「あうあうあうあうあう脳みそぉぉ! くちゃくちゃになるぅぅ!」


 通行人から白い目を向けられながらも、俺たちは商店街の方へ爪先を向けた。


 俺もしずくも取り立てて食べたいものがなかったので、目についた店へ入ろうという結論に落ち着く。


 商店街の方まで来るのは久しぶりだ。桜並木の美しい区域。そういえば小学校もこの辺りにあった。


「あ、この辺り」

「ああ、小学生の頃通ったなぁ。懐かしいなぁ。しずくがセミにキレてたなぁ」

「そんなことしてないよ!?」

「いやしたよ。うるさい! ミンミンミンミン鳴きやがって! って」

「え? あー、したね」

「石投げつけてたな」

「だって虫の分際でしゅーくんとお話してるの邪魔するんだもん……」


 しずくは右斜め下を睨みながら拗ねる。


 大空を望めるようになって一週間しか生きられないセミ。

 彼らは精一杯子孫を残そうと足掻いているのだから大目に見てやって欲しいが、しずくは外敵には容赦しないバーサーカー的な側面を持っていた。格ゲーでも壁ハメとか平気でするタイプだった。


 好き嫌いの激しい女の子だ。昔から友達の多いタイプではなかったし、それは俺も同様だ。だからしずくは異性への関心が芽生えるような年齢になっても、甲斐甲斐しく俺に尽くしてくれるのかもしれない。


「あ、しゅーくん。パフェ」

「パフェ?」

「うん。パフェ」


 しずくが指差した方向を見る。


 木枯らしの中に、ひっそり閑と佇んでいる古めかしい喫茶店があった。煤けた窓ガラスの向こうの商品サンプルは、たまにテレビで特集される昭和回帰の気風を感じる。


 お目当ての品は、メロンソーダ、ナポリタン、ハンバーグ定食、カレーライスみたいなラインナップの中に鎮座していた。

 ボーリングのピンを逆さにしたようなカップの中に、ありったけの糖質と甘味が詰め込まれている。


 いいじゃないか。俺は甘党だ。


「ここにするか」

「え? こ、ここ?」

「いやうん。見てたら俺もパフェ食べたくなった」

「で、でもでも。ここ、常連さん以外お断りな雰囲気あるよ?」


 しずくはヘタレだ。


「じゃあ他のお店にするか? 俺はそれでもいいぞ」

「しゅ、しゅーくんが決めてよ」

「よしここにしよう」

「ええええ? でも、知らない奴だって睨まれたりしたら……」

「俺はしずくと食べたいな」

「ふぇ?」

「しずくと一緒にパフェ食べたい。せっかく普段は来ない所にまで来たんだから、しずくと行ける安定のスポット確保しておきたいよ」

「わたし、と?」

「うん。放課後さ、例えば一緒に帰るとして、んでコンビニのスイーツ特集とか見て本格的なパフェ食べたいなってなったとするじゃん。そうしたらちょっと足伸ばしたらここ。よくないか、そういうの」


 しずくは唇を真一文字に結んで、何かもにょもにょしだした。また軟体になる前にさっさと引っ張って来店する。


「いらっしゃい」


 渋い声のマスターだ。しずくが肩を震わせたので、俺はそっと手を握ってやった。


 しずくが言った通り常連が多かったが、しずくの危惧通りにはならなかった。


 談笑しているおばちゃん達の傍らを通り抜ける。木目調を基調とした中に、押し付けがましくない暖房が炊かれている。彼女らはにこやかな笑みで会釈してきたので、俺も微笑んで返した。店内を流れる静かなジャズも相まって雰囲気のいい店だ。


「ご注文は?」


 マスターがコップとおしぼりを持ってくる。湯気出すそれは、かじかんだ手をいい具合に温めてくれた。


「しずく。注文」

「あうあうあうあう……」


 ダメそう。


「ホットコーヒーと、あとホットカフェラテ。それとパフェ二つ」

「お兄さんカップル用のパフェもあるよ」

「かかかかかっ!? かっ?! かぁっ!?」

「うわぁ彼女さん感情の起伏激しいね」

「かかかかかか、彼女っ!? わた、しゅーくんの彼女……に、見えますか?」

「急に落ち着くねぇ。彼女さんじゃないのかい?」

「えー、違いますよぉ。えへ、えへへ……違いますってばぁ。もー、もー、ふふふ」

「愉快な子だねぇ。じゃあ二つじゃなくてカップル用のものを持ってくるよ」

「しゅーくんは彼氏じゃないですってばー。もうー!」

「話聞かない子だねぇ」


 何したらここから寝取られるんだよ俺。マジで。


 嬉しさ半分、しずくってもしかしたらヤバい子なんじゃないかなぁという感情が半分。


 まあいいや。例えヤバかろうがヤバくなかろうが、これまでずっと俺の世話を焼いていてくれた女の子なのは変わりない。あばたもえくぼ。欠点も愛せばいいじゃない。


 自殺という人生最大のメンヘラポイントを乗り越えた俺のメンタルは、たぶんそれなりに研磨されたものなのではないか。そういう自信があった。


 やがてカフェが着弾した。


「しゅーくん」

「どうした」

「一つしかないよ?」

「そりゃあカップル用だからな」

「?」

「?」


 こいつひょっとして馬鹿なんじゃないかと思った。


 テーブルの中央にそびえるのは、通常のパフェの三倍の大きさを誇るクリームの居城。昼ごはんとしては些かボリューミーだが、しかしまあ、これもいい思い出だろう。


「しずく。取り分けるわ。ちょっと大き目のスプーンで」

「あ、ああ、あの、しゅーくん」


 しずくは膝の上で両手をぎゅっと握ったまま、絞り出すように続けた。


「……あーん、する」

「っ……!」

「しゅーくんに、あーん、する。いや?」


 嫌なわけない。嫌なわけないが……俺はちらりと店内を見回す。さっきの常連のおばさんたち、黙々とカップの手入れをするマスター。バイトらしき女子大生に、彼女と会話に花を咲かせる彼女の友人らしき女性。


 しずくはコミュ障と言っていい。人見知りは酷い方だった記憶があった。


「人、いるけど、いいのか」

「しゅーくんは……いや? わたしに、あーんされるの……さすがにきもい、かな」

「キモいわけないだろ」即答してしまった。反射的だった。「ごめん。周りの人とか無粋だったかも。ただ、条件がある」


「じょ、条件?」

「ああ」


 毅然と表情を引き締めた。再起動するウイングガンダムゼロのように面を上げる。


「俺にもあーんさせろ……!」

「え、ええ……? えへ、そ、そんな意気込むほどのこと、なんだ。そこまで真剣になってくれるんだ……」


 心なしか頬を赤らめて困ったように笑うしずく。さらさらの髪の毛に、柔らかそうな素材のカーディガン、線の細い体つき。抱き締めたらふわふわしていて心地がいいだろうなと考えてしまった。


 俺は膝を乗り出してパフェを掬い、目を白黒させるしずくへ差し出した。


「あー……ん」


 しずくの白い肌に馴染んだ、しかしほんのりと桜色をした薄い唇が開かれる。たったそれだけの動作にそこはかとない官能を見出しながら、甘いクリームを慎重に押し込んだ。


「ん、んむ、んむ……」


 せわしなく顎を動かして咀嚼するしずく。中島さんの言っていた内容は正しい。否応なく小動物に餌付けしているような心境にさせられる。時折りこちらを上目遣いで見てくるので、愛おしさが猛烈に空転して罪悪感さえ芽生えてきた。


 やがて小さな喉が上下して、首筋のラインが小さくたわんだ。嚥下したしずくは赤い顔を隠さないまま、自分用のスプーンを手に取る。緊張の一瞬だ。


「しゅ、しゅーくん……」

「お、おう」

「あーん、して……?」


 しずくは肩口に垂れた髪を梳くと、両手で支えるようにしてスプーンを差し出してきた。わずかに潤んだ瞳の奥に間抜け面の男だけが写り込んでいる。気恥ずかしいが、目を逸らすのは屈服した気がしてもっと羞恥が湧く。


 俺はされるがまま、もたらされる甘味を享受した。


 もぐもぐと咀嚼する。味は普通だが、言い知れぬ満足感がみなぎっている。しずくに食べさせてもらっているからかなと笑おうとしたが、いくらなんでもそこまで臭い奴になる勇気はなかった。


「わ、わたしが、しゅーくんに、餌付け、してる……。は、は、わたしがあげたものが、明日を生きるしゅーくんの肉体を形作る礎となる……!」


 そして肝心の幼馴染と言えば、黒魔術師みたいなことをぶつぶつ詠唱していた。

 ごめんねしずく。ちょっとキモイかも。

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