第19話

 漫画喫茶やカラオケで夜を過ごす生活が一月ほど過ぎた頃、目的もなく街を歩いていると、叶は一人の少女と出会った。少女はキラキラと輝く目を向けてきて、叶は怪訝な様子を見せた。


 少女が叶を【お姉ちゃん】と呼んだことで、目の前の少女が何者なのか思い出すことが出来た。従妹の流田星奈だ。


 叶がまだ学生だった頃、法事などで親族が集まった際によく星奈と遊んでいた。赤ん坊の星奈を抱いたこともあったし、オムツをかえてやったり、ご飯を食べさせてあげたり、もう少し大きくなると一緒に祭りに行ったりしたこともあった。


 高校を卒業してからは、親から勘当を言い渡されていたので、親族の集会に赴くこともなかった。だから、妹のように思っていた星奈と出会うのは久しぶりで、荒んだ心が星奈の存在によって温まり穏やかになっていく感じがした。


「どうしたの?」

 

 星奈が慌てた様子でそう問いかけたのは、姉のように慕っていた女性が、突然涙を流し始めたからだった。


 叶は、帰る場所がない、という事実だけを説明すると、中学生の星奈は自分の家に住めばいいと提案してくれた。星奈はすぐにスマホで親に連絡を取り、承諾を得たようである

 今までは自分が助けていたはずの存在に、気遣われ助けれられるとは。情けなさもあったが、感謝と星奈の成長ぶりが見れた嬉しさが勝っていた。


 星奈の両親は叶を快く受け入れてくれた。一室を与えてくれて、心が回復するまでは金銭も払わなくていいという待遇である。あまりの親切さに叶はまた涙を流して、すぐにでも職を見つけてお金を払いたいと思った。こんなに良くしてもらって、それに甘えて面倒をかけ続けるわけにはいかない。


 叶は、星奈とその両親によって、崩壊しかけた精神を修復することが出来た。


――はずだった。


 一月が経って、スーパーのレジ打ちのバイトを始めた叶は、なんとか社会復帰出来そうな感じがしてきていた。このまま軌道に乗って社員になるもよし、他の仕事を探してやってみるもよし。星奈の両親に家賃を払いつつ、手持ちのお金が貯まればまた一人暮らしを始めようと、そう思っていた。中学生の星奈は、そんな大人の叶に憧れたのか「私も一人暮らしをする」なんて言い出す始末で、だったら一緒に住もうか、なんて起こり得ても不思議ではない未来について、血の繋がりの薄い姉妹は話し合っていた。


 とある夜に、それは起きた。


 星奈と血のつながりの濃い、もう一人の兄弟、高校生の男の子が、同じ屋根の下にいた。叶が初めて家に来た時に一度挨拶をしたが、それ以降はほとんど喋った記憶はない。多感な時期だからだろうか、と叶も寂しくはあったが、あまり積極的に交流を求めにはいかなかった。


 しかし何故かその日の夜、男は叶の部屋の扉を叩いた。叶は自分と絡んでくれようとしていることに嬉しくなり、男をすぐに部屋に入れた。

 星奈と彼女の兄が仲が良いのは知っている。自分もその輪の中に入ることが出来たなら、どれほど幸せなのだろう。何度もそう思った。

 もしかしたらそれが、現実になるのかもしれない。

 

 光に包まれて、笑顔の絶えない幸せな空間を夢見ながら叶は――星奈の兄に、犯された。


 身体での抵抗は無意味だった。柔道を小さい頃からやって来た兄にとって、叶の身体を動けないように抑えつけるのは容易だった。

 床に押し倒された叶は、大声を出して助けを求めようとした。その時、兄が言う。


「どうなってもいいのか?」


 瞬時に悟った。

 ここで大声を出せばきっと、誰かが助けに来てくれるだろう。だが、そうなれば星奈は大好きな兄に失望することになって、両親も心を痛めるに違いない。

 苦痛に歪む星奈の顔が浮かび上がる。大好きな兄を、大嫌いと叫び続ける妹の姿が映し出される。

 

 叶は、抵抗することを止めた。自分が我慢をすればいいのだ。そうすれば、幸せはいつまでも続く。


 その日以降、叶は心を押し殺して毎日のように兄の欲の受け皿になった。日に一度とは限らず、多い時には五度なんていう日もあった。

 バイトと受け皿をこなす日々は、どんどん叶を疲弊させていった。これまで星奈と楽しく遊んでいた時間が、ベッドの上で足を広げる作業に代わってしまって、毎日の楽しみが奪われた気分だった。


 それでも、我慢しなければ。


 疲れた様子の自分を労ってくれる星奈に、涙を流す痛みをあたえないためにも。


 しかし。更に状況は悪化した。


 兄だけの慰み者であったはずなのだが、気付けば彼の友人たちにも使われるようになっていた。毎日毎日、複数人の相手を何度もこなした。


 次第に回数は増えていき、働く時間すらも奪われた。誰かの家で、外で、ホテルで、自室で。所かまわず、叶の美貌は凌辱されていった。


 星奈と、その両親には、独り立ちできるようになったと報告して、家を出ることにした。玄関で頭を深々と下げて顔を上げると、三人の眼差しから心配してくれていることが伝わって来て、叶はその場から逃げるように走り去った。


 そして。毎日、ほぼ一日中性の捌け口にされる生活が二月ほど過ぎた頃。叶は、橋から飛び降りる決断をした。

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