第18話

 人工的な明かりと、微かな月明かりが照らし出したのは、学のよく知る人物だった。知っているからこそ、彼女がこの場に現れたことに驚きを隠せない。


「なんで、星奈がここに?」


 問いかけて、星奈とステラを交互に見た。近くで比べてみると、どこか顔立ちが似ているようにも見える。


「さっき、お姉ちゃんって……もしかして、姉妹なの?」


 目を丸くして驚いていた星奈は、当惑している学を見て、なんとなく状況を察したようだった。小さく首を横に振って、ステラのもとへと歩を進めて行く。


「違うよ。お母さんのお姉ちゃんの娘さんが、ステラお姉ちゃん。従妹なの」


 星が地上に激突したかのような衝撃だった。ステラの本当の姿を知っているであろう人物が、こんなにも身近にいたなんて。学は言葉を返せずに、呆然と二人並ぶ星奈とステラを眺めている。


「ナナシって、学君のことだったんだね」


「――あ、えっと、それは……」


 つい、後ろめたさを感じてしまう。


「隠さなくてもいいよ」


「でも、ナナシのせいでステラは――」


「ううん。ナナシに会う前から、お姉ちゃんの心は死んでたの」


「一体、何がっ――」


 言いかけて、言葉を止めた。学は、自分には聞く資格などないと、そう思った。苦しんで己を捨てたステラを、自分勝手な都合で更に傷つけたのである。そんな男が、本来の彼女を知っていいはずがない。ステラではない彼女のことを、知っていいはずがないのだ。


 そんな自責の念に駆られている学を気に留めず、星奈は学の横に腰を下ろした。星奈が語る過去は、ステラのことではあるのだが、すぐ側にいる当人には、自分のことであるという認識が出来ていないようだった。とある誰かの物語を聞いているみたいに、ステラは星奈の言葉に耳を寄せた。


 夜空を見上げながら、星奈は静かに紡いでいく。星に願うかのように。


              *


 ステラこと、里中さとなかかなえは、女優になることを夢見ていた。


 高校生の時にスカウトを受けモデル業をしていた叶は、高校を卒業すると親の反対を振り切って進学はせず、家を飛び出し、モデル業界の伝手を使って女優への道を踏み出した。


 叶自身、自分の優れた容姿に気付いていて、苦労なく階段を登って行けるだろうと思っていた。実際に、素人同然の叶を使いたいというオファーは至る所からやってきた。整った顔立ちと、それに比例した美しいスタイルは、問答無用で相手を落とす強い武器なのである。


 だがしかし。


 道のりは険しく、美貌、という武器一つだけでは到底立ち向かえるものではなかった。テレビやイベントに出始めたころはよかったのだが、一定の期間が過ぎると、見ている者たちが叶の弱さに気付いてしまったのだ。可愛い、綺麗、それだけで、トークもたどたどしく、特に面白味もない。ドラマの演技もお遊戯レベルで、台詞はほとんど棒読み。


 ネットは荒れに荒れ、叶の努力を知らない者たちは、日々彼女を責め立てるコメントをネットの波に流し続けた。


 挙句の果てには、枕営業をしているから下手でも起用してもらえる、とそういう認識をされるようになった。


 叶は、周囲が自分のことをどう思っているのか理解して、そして、それを現実にした。そうする以外に最早、術が残っていなかった。


 何人もの男と、時には女と枕を並べ、自分の身体を売り物にして仕事を掴み取ってきた。テレビの中の格好いい女優像を夢見ていた叶は、自身の矜持と尊厳を捨て去って、ただ使われるがままに身を任せ続けた。


 当時付き合っていた男は、そんな叶を気持ち悪いと一蹴した。叶にとっての唯一の拠り所だったために、心の傷は大きかった。自分の夢、そして生き方を、大好きな相手に否定されたような気がした。


 元気がない、そう言われることが多くなった。男に振られ、仕事も身体を売らねばもらえない。もらった仕事も結果を残せず、またネットで叩かれる。


 こんな状況で何を頼みに元気を出せというのだ。叶は、「元気がないね」と言われる度に、心の内側で舌打ちをして笑って見せた。怒ったり愚痴を言ったりすれば、きっと途方に暮れる。自分を捨て、縋るしかないのだ。


 唇を噛みながら日々を過ごしていると、変化が起き始めた。何時もならプロデューサーたちの癖の強い性癖に応えてやれば仕事をもらえたのに、何もくれなくなってしまったのである。


 一人二人と、その数は次第に増えていき、気付けば叶は、大多数の性欲処理の道具と成り果ててしまっていた。


 現状の異変を感じた叶は、一人のプロデューサーを問い詰めた。返答は「風俗とかの方が向いてるんじゃない?」だった。


 一人涙を流し家に帰ると、誰もいないはずの自分の部屋の窓から、明かりが漏れているのに気が付いた。まただ、と思い、叶は帰る場所を見失ったまま街の中を歩き続けた。


 同棲していた元カレと別れた後、元カレは叶に合鍵を返すことを拒み、叶の部屋をラブホテル代わりに利用していた。止めてほしい、そう懇願しても、「お前が裏切ったんだろ」と言われると、言葉が何も出てこなくなった。寝たくもない相手と寝たのは夢を掴むためではあったが、交際相手からしてみれば、ただの浮気に見えてしまうのだろう。


 頭上の綺羅星に見守られながら、叶は一人途方に暮れ、あてもなく彷徨い続けた。

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