第14話

 大学での学はといえば、基本一人で行動をしている。周囲から嫌われているというわけではないのだが、友人、と呼べるほどに親しい人物は一人もいなかった。まあそれは、大学内だけの話に限ったことではないのだが。


 いつも一人でいるからこそ、学を狙っている女性も声をかけやすいのだろう。移動中や昼食中はおかまいなく、講義中にも時折声をかけられる。多い時なんかは、一日に五、六人から声をかけられるなんてこともあった。


 面倒だ、と常々思う。が、声をかけてくる女性の大半は一度夜を共に過ごした者ばかりなので、自業自得ではあった。無視して適当にあしらっていれば、面倒の数も減っていたはずだろうが、血気盛んな年頃の学には、異性への欲を抑えきることは難しかった。


 流田星奈は、可愛かった。昔と変わらず、いや、むしろより可愛らしくなっていて、見た目だけで言えばこの大学内で上位に入ることが出来る、と学は思う。


 けれど学は、星奈に対して欲が沸き上がることはなかった。確かに、今朝は精が尽き果てるまで絞り出した後だったので、それが一番の理由とも言えるかもしれない。でも、かもしれない、としか思えないのだ。それ以外の理由がどこかにあるような気がしてならない。


 講義中、後ろの席に座っている女性たちの会話が聞こえてきた。

「付き合ってもう二月も経ってるのに、まだ何もされてないんだよ? 本当は好きじゃないのかな」

「大切に思ってるからこそ、なんじゃない? ヤリ目じゃない証明、みたいなさ。ヤリたいだけならすぐヤるでしょ」


 恋は下心で、愛は真心。


 学は少し考えてみたが、そういうことではないようだった。おそらく、後ろめたいのだ。中学の頃に流田星奈と交際をしていたが、星奈が学からの好意をいまいち感じ取れていなかったのは、彼女の思い込みではなく事実であった。


 女と一緒に歩き、頭の中では別の女を思い浮かべている。そんな中学の頃の後ろめたさが、今なお引き摺られているようであった。


 学は、抱いてあげる、なんてことを言ってしまったけれど、断ってくれて内心ではほっとしている。性的魅力は十分にあれど、彼女の姿を見ると現れるもう一人の女性にそれが打ち消されてしまって、行為が出来る自信がない。


 うっすらと。月明かりの下、ぼんやりと影だけが映る一人の女性。まるで、光を失った星のような存在が、学の心の隅で佇み、じっとこちらを見つめている。


「やっほー、学。昨日は搾り過ぎちゃったね。どう、回復した?」


 昨夜寝床を共にした女性が、許可も遠慮もなく、学の横の空いた席に腰かけた。


「猿だって回復しないでしょ。そっちは元気そうだね」


「おかげさまでね。疲労もあるけど、女性ホルモンがどばどばでお肌がつるつる、ストレスも発散出来て良いこと尽くしだよ」


「それはなにより」


 彼女の視線が学の横顔に刺さる。学は彼女の方へ顔を向けようともしなかった。


「ねえ、そういえばさ。今夜、ペルセウス座流星群っていうのが、見れるらしいよ」


「……ふーん」


「あはは、興味なさそー」


 星を見れば、胸に痛みが走り、苦しくなる。誰が好き好んで、痛みを受けに行くというのか。


「本当は一緒に見たかったんだけど、今日はパパとの約束があってねー。ごめんだけど」


「別にいいよ」


 謝られる意味が学には分からなかった。誰も誘ってやいないし、ましてや見たいとも言っていない。行きたくないし、見たくもないのだ。


「あーあ、したかったなー。星空の下で野外プレイってのいうのも、なんか興奮しない?」


「…………」


「あ、さすがに変態過ぎた?」


 中学時代の遠い記憶。けれど、はっきりと鮮明に、息遣い、感触、体温、そして吹き流れる風の涼しさを思い出す。星々に見られていることを意識すると、背徳感に見舞われた。


 人生初めての、甘く激しいあの一時を、忘れられるはずがない。忘れたくても、消えてくれなどしない。


「パパさんと、したらいいんじゃない?」


「うーん、あんまりヤリたくないんだよね。小さいし下手だし。お金もらえないと、無理」


 同じ男として、パパさんが少し不憫に思えた。だがまあ、金で釣ることしか出来ないような男だし、仕方ないかとも思う。


「あ、そうだ。この前写真撮ったんだよね。見る?」


「……興味ないけど」


 そう言いながら、学は横目で彼女が差し出したスマホの画面を見た。その画面には、スマホを手に持っている彼女と、一人の中年の姿が映っている。


 驚愕。まではいかなかった。なんとなく、そうであってもおかしくはないよな、と心の中で整理がついていた。【パパ】という単語は、学にとって二人の存在を想起させるものであって、だからこそ、彼女が【パパ】という単語を口に出す度、脳裏では薄く二人の姿が浮かび上がっていた。だから、結果として実体を持って映し出されたとしても、特に動揺することもなかったのだ。


 学の実の【パパ】が、スマホの画面に映っていても。

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