(二十三)


「どうだった?」


 悠稀君に聞かれ、私は慌てて涙を拭う。その様子を見て悠稀君が驚いたように、それでいて嬉しそうに目を見開いた。


「すごくよかった。心に染み渡る演奏だったよ」


「よかった。そう言ってもらえてすごく嬉しいよ。俺も演奏していてすごく楽しかった」


 そう言って、悠稀君は顔を綻ばせる。コン君も隣で嬉しそうにニコニコしている。


「この曲、何て言うの?『ここ』の世界では聞いたことのない曲だったよ」


 陽菜ちゃんが不思議そうに問う。それにコン君がえっへんといった様子で答える。


「これはね、僕のオリジナル曲なんだ」


「えー!オリジナルなの?すごすぎるよコン君」


 褒めちぎる陽菜ちゃんの言葉にコン君は頬をほんのりピンク色に染める。

 ひとしきりオリジナル曲について盛り上がった後、悠稀君がおずおずと話し始める。


「俺、演奏していて気が付いたんだ。俺は周囲に飲まれて、いつしか自分を見失っていた。環境が変われば改善すると思って、自分自身が変わろうとしなかった。だから、たとえば部活に打ち込んだり、勉強に精を出したり、何かに対して本気で取り組んだことがなかったんだ。でも、今日何時間も演奏をぶっ通しでやってみて、何かに打ち込むってこんなに楽しいことなんだって気がつけた。まだ、音楽だけしかやっていないけど、今後色々なことにチャレンジして、じっくり取り組むことをしていく中で、きっと自分のやりたいことを見つけられるんじゃないかって、そう思ったんだ」


 そう言って悠稀君は一度息を吸い、古城にこだまする大きな声でこう叫んだ。


「だから『自分の欠片』、出てきてくれないか?」


 悠稀君の表情は真剣そのものだった。何か確信めいたその表情と古城の隅を見比べていると、小さな隙間から、水色のぷよぷよとした物体が現れた。その物体は恥ずかしそうにオロオロと私たちの前を二、三周した後、ひょこっと悠稀君の手に乗っかった。

 その見た目は、アリシス様がパーティーで言っていた見た目と一致した。これがきっと、悠稀君の『自分の欠片』なのだ。

 私たちは四人、顔を合わせて笑顔をこぼす。


「よっしゃーーー!」


 悠稀君は『自分の欠片』が手に乗っかった瞬間、大きな声でそう叫んだ。私たちも喜びのあまり声にならない声をあげる。コン君までもが嬉しそうだ。


「私は『自分の欠片』です。貴方は私の持ち主、月雲悠稀さんですか?」


「ああ。俺が月雲悠稀だ。俺の元に出てきてくれて本当にありがとう。なんとお礼を言っていいか……」


「それはこちらのセリフです。『海』の世界で私を見つけてくれてありがとうございます。この世界にきて、私たち『自分の欠片』を見つけてくださる方は大変稀です。しかし悠稀さんは決して諦めず、私の存在を探し当てた。これは本当に素晴らしいことです」


「今までぞんざいな扱いをしてしまって本当に申し訳ない。自分自身がわからなくなって、環境のせいにして、自分自身にある武器を磨くことを怠っていた。『自分の欠片』も愛想をつかしたくなる場面が何度もあったと思う」


「確かに悠稀さんは自分自身を見失い、自暴自棄になっている時期もありました。その時は私も気を揉んだものです。しかしこの世界にやってきて、美麗さんや陽菜さん、そして狐さんという素敵な方々に出会い、最後まで諦めず自分とは何かを考え続けた。その経験が、きっと『ここ』の世界でも活きると思います」


 悠稀君は『自分の欠片』の話を聞きながら何度も頷く。その目には光るものがあった。


「さて、私は本来悠稀さんの中にいる存在。美麗さんの時のように私を取り込んで頂きたいのですが、一つ難点があります」


 『自分の欠片』は、おそらく顔である位置を悲しそうに歪める。私たちは一体何を言われるのかと身構える。


「美麗さんの時は胸に押し当てるだけで取り込むことができたのですが、私はそうはいきません。私を飲み込んで頂くより他ないのです」


「「「「えー!」」」」


 私たち四人は一斉に声をあげる。まさかの方法に頓狂とんきょうな声をあげるしかなかった。いくらぷよぷよした小さな物体といえど、喋るものをそのまま飲み込むのは抵抗がある。同じことを考えていたのだろう、悠稀君は苦々しい顔をしていた。


「本当に、それ以外方法はないのか?」


「はい。申し訳ないのですが、飲み込んでいただかないと取り込んだことにはなりません」


 悠稀君はしばらく渋い顔で考えた後、意を決したように『自分の欠片』と向き合った。


「よし。じゃあ飲み込むぞ」


「その前に。悠稀さんは『自分の欠片』を見つけることができました。それに、貴方はまだまだ可能性に満ちている。これからも私の存在を時々思い出してくださいね。応援しています」


「ありがとう」


 そう言って『自分の欠片』と目を合わせた後、悠稀君は目をつぶって『自分の欠片』を飲み込んだ。しばらく静寂せいじゃくが広がる。やがて静かに悠稀君が口を開く。


「にっがーい」


 顔をしかめながら悠稀君が咳き込む。よほど苦かったのだろう。慌てて水を飲んでいた。心なしか、悠稀君の表情は飲み込む以前より頼もしいものになっていた。



「あとは私だけだね!」


 そう言って陽菜ちゃんが意気込む。

 私たちの長い旅は、もうそろそろ終わりを迎える。そんな予感がした。

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