(二十二)


「どうだった?……ってあれ、はー君泣いてるの?」


 泣いてねーよ、と言いたいところだが、感動して涙が止まらず、かろうじて頷いて返事をする。どうしてこんなにも涙が出るのかはわからない。しかしコンの演奏が俺の胸に、いや、胸の奥に刺さったことだけは確かだった。


「すごく良い演奏だった。言葉にならないくらいに」


 コンから借りたハンカチで涙を拭いつつ伝える。コンは俺の言葉を聞いて、嬉しそうにありがとう、と何度も呟いた。


「俺にも演奏させてくれないか」


 そんな言葉が自分から飛び出たことに驚いた。どちらかといえば変化を好まず、新しいことも自分にはできないと最初から諦めてしまう俺が今、コンから楽器を習おうとしている。コンは驚きで目を丸くした後、すぐに相好を崩して言う。


「もちろん!はー君がそう言ってくれて嬉しいよ」


 そう言ってコンは自分にバイオリンに似た楽器を差し出す。俺はおずおずとそれを受け取り、構え方もわからず狼狽える。


「こうやって持つんだよ」


 そう言って、先ほどの構えをする。なるほど、肩と首で挟むのか。


「そして弦をやさしく弾く」


 すう、と彼が弓を引く。するとそこからはのびのびとした開放弦の音がこぼれ落ちる。


「やってみて」


 言われるがまま、俺は弦を引く。歪な音色が城中に響き渡り、思わず顔を顰める。


「少し力が入っているのかも。もっと力を抜いて弓を引いてみて」


 言われた通り俺は肩の力を抜き、弓を引く。先ほどよりも綺麗で伸びやかな音が鳴り、思わずおお、と声が漏れる。


「その調子!そうしたら、弦を押さえてみて。それができたら音が奏でられるよ」


 試しに色々な場所を押さえてみる。これはレ、これはファ。これは……ソシャープか。


「飲み込みが早いね、はー君。ところで、はー君はどんな演奏がしたい?僕は楽譜が読めないから、楽譜を出してくれても弾く事はできない。でも、自分の弾ける曲を教えることはできるよ」


「じゃあ、コンの弾ける曲を教えてほしい。できればさっき演奏してくれたやつだと嬉しいな」


「わかった!それじゃあ早速練習しよう」


 そうして俺とコンは、三時間ほどぶっ続けで練習した。途中挫折しそうにもなったが、コンの教え方がうまく、まだやれる、もっとやろうという気持ちになることができた。そのおかげで、だいぶ腕は上達し、コンの演奏してくれた曲の半分ほどを弾けるようになった。緩やかに、しかし確実に流れる時の中、俺は夢中でコンの曲に齧りついた。







「お兄さん、遅いね」


 陽菜ちゃんがポツリと呟く。私もそれに頷く。


「コン君のところに行ってからもう五時間くらい経つね。私たちもコン君に会いがてら迎えに行こうか。それとも迷惑になっちゃうかな」


「そんなことないよ。お姉さんからの迎えが嫌なわけない。よし、行ってみよう!」


 おー、と二人で掛け声を合わせ、私たちは古城に向かった。おにぎりを忘れずに。

 相変わらずギイ、と鳴るドアを開け、私たちはコン君がいるであろう螺旋階段の上を目指す。すると、上から綺麗な音が聞こえる。


「……バイオリン?」


 いや、正確にはバイオリンに近い他の楽器の音だった。バイオリンよりサラサラした音が頭上に鳴り響く。


「その声は、みーちゃん?」


 私の呟きが聞こえたのだろう。コン君の嬉しそうな声が弾む。


「そうだよ。悠稀君がなかなか帰ってこないから心配して迎えにきちゃった。おにぎり持ってきたよ」


「やったー、おにぎりだって!」


「そういえばご飯食べてなかったな。お腹ぺこぺこだ」


 悠稀君の声もする。私と陽菜ちゃんは螺旋階段を駆け上った。一番上についた時にふらっとして、私は初めて螺旋階段を走ったことを後悔した。


「二人ともクラクラするの?大丈夫?アメあげるから舐めて。酔いに効くんだ。ごめんね、ゆっくりきてっていうの忘れちゃった」


「大丈夫!私もお姉さんも元気だよ」


 陽菜ちゃんはそう言って仁王立ちするも、やはりまだ回る感覚があるのか少し上半身がぐらついていた。コン君がおろおろしながら飴を渡す。私も陽菜ちゃんもおとなしく飴を舐めることにした。不思議な味のする飴。とても美味しい上に、すぐにふらつきが治った。

 視線を感じる方に目を向けると、悠稀君が何か言いたそうにこちらを見ていた。どうしたの?と目で訪ねる。


「実は俺、今までコンから楽器を教えてもらってたんだ。……それで、二人にも演奏を聞いて欲しいんだ。いいかな?」


 私と陽菜ちゃんは顔を見合わせ、声をそろえて言う。


「「もちろん!」」


 そう言うと、悠稀君は安心した表情を見せる。そしてコン君をちらりと見、意を決したように演奏を始める。

 古城に悠稀君の奏でる音が溢れる。サラサラとしていて、それでいて重厚で。どんどん姿形を変えていく音に、私は飲み込まれていった。心地よい音色が色んな世界を見せてくれる。私は、見える景色に身を委ねながら、自然と涙を流していた。


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