(十九)
パーティーに参加した疲れが残り、てっきりまた正午に起きてしまうかと思ったが、意外にもすっきりと朝に目覚めた。悠稀君と陽菜ちゃんはまだ眠っている。私は音を立てないようにそっと部屋を出て、旅館にある中庭に出る。
『海』の世界は基本的に天気が悪く、どんよりとした空(海面)しか見られないのだが、今日はほんのりと光が差している。私は中庭のベンチに腰掛け、ぼんやりと空を見上げる。
アリシス様は、私の『自分の欠片』は目に見えない、透明だと言っていた。正直、それを聞いた時はショックを受けた。悠稀君も陽菜ちゃんも『海』や『雲』で探せば見つかるのに、私は心の中から『自分の欠片』を見つけ出さなければならない。なんて抽象的で、投げやりなのだろう。そう思った。
しかし今、気が付いたことがある。私の『自分の欠片』は色も無ければ形も定まっていない。おまけに『海』にも『雲』にも無く、既に自分の心の中にある。そのことから、私は一つの結論に至った。
……『自分の欠片』は、私の本心。
この、一見暴論とも言える私の考えは、少し正しいのではないかと思う。私は、ずっと自分の本心が言えなかった。いつも相手の顔色を窺い、相手が求めている回答を導き出す。自分の本心を言って、否定されるのが怖かった。それなら相手の欲しい言葉を返す方がよっぽど気が楽だ。今まで、ずっとそう考えてきた。
そんな私の臆病な考えが、『自分の欠片』をとうとう透明にしてしまったのではないだろうか。
「なぁんて。そんなの私の憶測でしかないけど」
自然と零れ落ちた雫を拭いながら独りごちる。
……怖かった。このまま私だけ『自分の欠片』が見つからないのが。だから、自分を納得させる考えを作るしかなかった。
こんな夢物語は忘れて、部屋に戻ろう。そう思った時だった。空から、眩いほどの光を放つ「何か」がふわふわとこちらへ向かって落ちてきた。思わず立ち上がり、その落ちてくるものを受け止めようとする。それは、間違いなく私の方に向かって落ちてきて、すーっと私の手のひらに乗った。
(ねえ、聞こえる?)
声ではない、「何か」が確かに聞こえた。
「もしかして、あなたの声?」
(声を出さなくても平気。僕たちは心の中だけで話せるから)
(分かった。……あなたは一体何者なの?)
(もう薄々勘付いているんじゃない?僕は、美麗の『自分の欠片』だよ)
気が付くと私は、目から大粒の涙を流していた。
(泣かないで、美麗。貴女は自分で『自分の欠片』が何であるかを理解した。それは誰にでも出来ることじゃないんだよ)
(来てくれて、本当にありがとう)
(こちらこそ、気がついてくれてありがとう。美麗が僕の存在に気が付かなかったら、美麗はずっと人のことを必要以上に気遣いながら生きることになってた。
僕が透明なのはね、美麗がさっき考えていた通り、隠し続けるうちに気が付かれなくなった美麗の本心なんだ。でもね、透明で形がないということは、これから美麗が色を付けて、形を変えることが出来るってことなんだ。つまり、僕の姿かたちは美麗次第で変わるんだよ)
(じゃあ、例えば私が悠稀君や陽菜ちゃんと会話している時、『自分の欠片』の色は変わるの?)
(勿論。二人と話している間、僕はほんのり優しい色に色付いて、丸くなる)
(じゃあ嫌いな数学の先生と話してる時は?)
(真っ赤になってハリセンボンみたいにトゲトゲになる)
二人(と言っても片一方は人ではないのだけれど)はそこでくすくすと笑う。きっと同じ場面を想像したのだろう。
(そっか、そうだったんだ……。私が本心を奥底に隠すあまり、『自分の欠片』まで消してしまいかけていたのね)
(でも、悠稀と陽菜に出会って美麗は変わった。僕も生き生きとして、光を持つようになった。だからほら、今僕は光を放って見える存在になってる)
(どうして『雲』の世界に着くと、『自分の欠片』は私から離れてしまうの?)
(『雲』と『海』は、『ここ』の世界で『自分の欠片』を見失ってしまった子供達に『自分の欠片』が何であるかを知ってもらう為の場所なんだ。だから、『雲』に着いた時、僕達『自分の欠片』はあちこちに散らばる。そして、自分の持ち主が僕達の存在に気が付くまで『雲』か『海』の世界に隠れ続けるんだ。……結局、見つけられずに『ここ』へ帰ってしまう子供達の方が多いけれど)
それを聞いて、私はふと瑠璃さんや美由紀ちゃん、りりかちゃんのことを思い出した。彼女達もまた、『自分の欠片』を見つけられないまま『ここ』へ戻っていった。
(そんなに考え込まないで。人のことを自分のことのように考えるのは美麗の良い所だよ。でも、やりすぎると疲れてしまう。だからほどほどに。ね?)
(うん。ありがとう。……これから私、どうしたらいいの?)
(そうだね……僕のことを見つけてくれたから、『ここ』の世界に戻っても、『雲』や『海』のことは憶えていられるよ。美麗が僕のことを取り込まなきゃいけないんだけど、それは悠稀や陽菜に僕を見せてからの方がいいね。取り込み方は、二人に見せてから教えるよ)
(分かった。何から何までありがとう)
(僕の姿を変えるのは美麗次第。それだけは忘れないで)
それきり『自分の欠片』は何も喋らなくなった。私は『自分の欠片』をふんわり包み込むようにもち、部屋へと戻った。
部屋に戻ると、悠稀君と陽菜ちゃんは既に起きていて、届いた朝食を少し食べていたところだった。
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