(十七)

「『海』の民よ。今日は妾のパーティーによくぞ集まってくれた。……今日は素晴らしい日だ。まさに奇跡と呼んでいい」


 そう言ってアリシス様は私達の方を見る。すると、その視線に合わせてスポットライトが私達に当たる。


「人間よ。前へ」


 動物達の視線が一気に私達へ集中する。大きな束となった視線をなるべく意識しないように、私達はおずおずとアリシス様の前に並んだ。


「『海』の民よ。よく聞け。今日ここに人間が集ったこと。これはまさに運命と言えるであろう」


 そしてアリシス様は私達の方へ向き直った。


「人間よ。もしそなた達が我々『海』の王が犯した過ちを許してくれるのなら、どうかここで、再び人間と海の動物との和平を取り持ってはくれないだろうか」


 今までしんとしていた動物達がざわざわと騒ぎ始める。人間の登場、そして結ばれる和平。それらの展開に皆驚いているようだ。

 アリシス様の方から和平を持ちかけられると思っていなかった私達は少し面食らうも、心は一つだった。代表して私が、アリシス様と和平を結ぶことにした。


「アリシス様。まずはお目にかかれて光栄です。『海』の動物と人間との和平、私達も結びたいと考えていました。ですが、一つだけ条件があります」

「ほう。その条件とは?」

「私達のように、『雲』行きの列車に乗り、そして『海』の存在を知った者のみここに来られるという条件です。……『ここ』にいる人間が『海』の存在を知ったら、多くの人が興味を持ち、そして『海』へ沢山の人がやってきてしまいます。人間には良い人も悪い人もいます。もし『海』に大勢集まったら、また昔のように『海』の生態が荒らされてしまうかもしれない。確かに『雲』から『海』に辿り着いた人の中に悪い人がいないとは言い切れません。ですが、全員が来るよりは遥かに良いと思います」

「げに素晴らしい。昔の過ちを繰り返さないためにも、その条件はとても良いものだ。よし。条件を飲もう。和平成立だ」

「はい!」


 アリシス様と私は強い握手を交わす。海の動物達は皆、大きな拍手を私達に送っている。中には涙を流す動物もいた。


「本当にありがとう。これで妾の当初からの想いは果たされた。人間よ。いや、名は何と言う?」

「美麗です」

「悠稀です」

「ひ、陽菜です」

「うむ。美麗に悠稀に陽菜。げに素晴らしき名前。さて御三方よ。和平を結んだ記念に何か礼がしたい。出来る限りのことはするぞ」


 私達は暫く考えた。そして陽菜ちゃんがはっとした表情でアリシス様に言う。


「あの、アリシス様は『自分の欠片』について、何か知っていますか?」


 陽菜ちゃんの言葉で私たちもようやく当初の目的を思い出す。私達は『海』で『自分の欠片』を探そうとしていた。しかし、コン君に出会ったり、『海』の歴史を聞いたりして、和平のことで頭がいっぱいになっていた。

 アリシス様は一瞬驚いた表情をした後、すぐにはっはっはと笑った。


「なるほど。陽菜達は『自分の欠片』について知りたいのか。そうか。懐かしいな。なんせこの千年、人間が一人も現れなかったから、『自分の欠片』について話す機会もなかった訳だ。良かろう。

 我々の血統には、各々の『自分の欠片』の見た目がわかるという能力が備わっている。申し訳ないがどこに存在するかまでは分からない。だが、見た目だけでも大きなヒントになるであろう」


 私達は生唾を飲む。これで、『自分の欠片』に大きく近づく。……つまり、私達の『海』や『雲』の世界での旅の終わりも近づいているということだ。

 緊張したまま、私達はアリシス様の次の言葉を待つ。彼女は水晶玉を取り出し、それを通して私たちを覗き込んでいる。


「うむうむ。良く分かった。まずは陽菜から発表しよう」


 陽菜ちゃんは名前を呼ばれ、肩を震わせる。私達の緊張が、城全体に張り巡らされているようだった。


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