(十一)

 気が付くと私達は、『海』の中心街にいた。薄いもやがずっと続いていて、あまり先の方が見えないが、栄えているのが良くわかる。そして、ある違和感に気が付く。


「人間が……いる?」


 先程までの『海』との決定的な違い。それは、人間がいることだった。しかしそちらへ近付こうとすると、何かにぶつかった感触が指先に伝わる。


「ああ、ごめんみーちゃん。これはあくまで昔の『海』をこの空間に映し出してるんだ。当時の様子をそのまま映し出すことは出来ても、僕達を当時の『海』に連れて行くことは出来ないんだ」


 なるほど。『海』の世界は『ここ』よりもずいぶんと発展しているのだなと驚嘆する。


「ここからは映像と一緒に、僕が当時の状況を説明するね」


 そう言うとコン君は指をパチッと鳴らす。すると、先程までの画面から打って変わってアリシス様のいた竜宮城が映る。


「さっきの映像を見てわかった通り、昔の『海』には人間もいて、ここで暮らしていたんだ。でも、十五代王、アクリオ様は、人間がいることを快く思わなかった。ちなみに彼はクリオネ。海の生物。だからこそ、この『海』の水を汚す人間が許せなかった。


『人間は我々を滅ぼす。この世界は海の生物だけのものだ!』


 と言って、人間は勿論地上の動物も『ここ』や『雲』に追い出された。そして『海』に残ったのは海の生物と、『ここ』でいう架空生物。勿論、彼らの中にも自分から『ここ』や『雲』へ行った生物たちもいるけどね。そして、人間や野生生物のいない『海』は現在までおよそ千年続いている。あ、そうそう。アリシス様は一〇八代女王。彼女は王族の血統だった訳ではなく、この『海』の世界を変えたいと、彼女自ら女王になることを志願したんだ。それが十年前。『海』の王と人間が和解し、お互いが再び一緒に暮らすことを彼女は望んでいる。でも、この十年、それが実現されることはなかった。何故って、人間が『海』に来ないからね。これが、今までの『海』の歴史」


 少し難しかったが何とか理解できた。二人の反応を聞こうと振り向くと、悠稀君と陽菜ちゃんはこくこくと舟を漕いでいた。……話が長かったから眠くなってしまったのかもしれない。面白かったのだが、授業のように感じてしまったのだろうか。まあ、後で伝えれば良いかと思い、二人を起こす。悠稀君も陽菜ちゃんも、寝ぼけ眼を擦り擦り起きてきた。


「ん?きつねが、いる?」


 と言っている悠稀君は完全に寝ぼけている。陽菜ちゃんもそこまではいかないが眠たそうだ。昨日の疲れが残っているのだろう。


 十分程この空間で目を覚ました後、私達はコン君につかまり元の世界へと戻る。再び体がふわっと軽くなり、視界が真っ白になる。体が何かに勢いよく吸い込まれていく感覚だけが伝わる中、私はゆっくりと目を閉じた。


 古城へと戻ってきた私達は、コン君と共にこれからやるべきことを整理した。


「アリシス様は人間と和解することを望んでいる。なら、俺たちがアリシス様と直接話して和解の条約みたいなのを結べばいいんじゃないか?」


「すごく簡単に言ってるけど、やらなきゃいけないのはそれだね。コン君、やっぱりアリシス様に会うには招待状がないとだめなの?」


「そうだね。どんな人でも招待状が必要。で、手っ取り早く招待状を手に入れられる方法がパーティーなんだ。個人宛に配られることはまずないかな」


「そっか。じゃあ、『ここ』在住で『雲』から来た私達は把握されていないだろうね」


「だな。なあ、尾崎。次のパーティーはいつあるんだ?」


「ねぇねぇ。はー君もそろそろ『コン君』て呼んでくれてもいいんじゃない?」


 そう言ってコン君は上目遣いに悠稀君を見る。どうやらコン君と呼ばないことには情報を教えないつもりだ。


「わ、分かったよ。……コン、パーティーはいつあるんだ?」


「コンかぁ。まぁいっか。うん。パーティーはね、確か三日後に開催されるよ。三日前から掲示板にパーティー内容とか注意事項、あと参加希望者の名前を書く紙が張り出されるはずだから、行ってみるといいよ」


「ありがとう、コン君」


 陽菜ちゃんがコン君ににこっと笑みを向けると、コン君は顔を真っ赤にして俯いた。それを見逃さなかった悠稀君は、いたずらっ子のような笑みを浮かべて


「あのなぁコン。確かに陽菜が“可愛い”のはわかるが、陽菜には好きな人がいるんだ。まあ頑張るのもアリか。俺は応援してるぜ」


 ……気のせいだろうか。“可愛い”を強調していっていたような気がする。陽菜ちゃんのことを可愛いと言ったところで嫉妬はしないのだが、さっきコン君に言った“格好いい”が余程堪えたのだろう。後で誤解を解かなければ。


「じゃあ、また遊びに来てよ。もうそろそろ暗くなっちゃう。『海』は荒れ果ててるから、夜になると真っ暗になって、右も左も分からなくなっちゃうんだ」


「そうか。ありがとう。またな、コン」


「ありがとうコン君」


「バイバーイ」


 私達は古城を後にし、旅館へと向かう。コン君は、私達が見えなくなるまで手を振っていてくれた。

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