(七)

 夜中に散々騒いだ私達は、あの後疲れ切って誰からともなく寝てしまった。皆起きたのは正午を過ぎてからで、一番遅く起きたのは言わずもがな、悠稀君だった。

 付き合ったとて、何かが劇的に変わる訳ではない。やらなければならないことは今までと同じ。この『海』の世界のパーティーに参加し、アリシス様に接近すること、そして、手掛かりをつかんで『自分の欠片』を見つけること、だ。

 しかし、私の心はいつも通りとはいかないのか、今まではあまり気にすることのなかった寝癖や、頬にできた思春期特有の真っ赤なニキビが嫌という程気になるようになってしまった。瑠璃さんがいれば相談できたのだがそうはいかない。……瑠璃さん、美由紀ちゃん、そしてりりかちゃん。彼女達はここでの記憶は無い。そのことに一抹いちまつの寂しさを覚えるが、仕方がないと思い首を振る。三人とも、元気にしているだろうか。


「お兄さーん!朝ご飯どころか昼ご飯だよー!置いてっちゃうよー!」


 感傷に浸っていた私の思考は、陽菜ちゃんの元気な一声によって吹き飛ばされる。そうだ。彼女達の為にも、私達が『自分の欠片』を探し出す必要がある。無理矢理ポジティブな思考へと持っていき、頬を一度パンっと叩く。パチッと、小気味良い音が部屋に響く。陽菜ちゃんは少し驚いていたが、悠稀君が起きないためそれどころではないらしい。三回目の声掛けで、やっとむくむくと起き上がった。子犬のようにふわふわとした髪の毛に、寝癖がひょこんとついている。私と陽菜ちゃんはそれを見て静かに笑う。当の本人は自分の髪に寝癖が付いていることを知らない為、何が何だかさっぱりという表情を浮かべている。

 

 寝ぼけ眼の悠稀君を布団から無理矢理引っ張り出し、私達は女将さんが待つ食堂へと移動する。相変わらず魚続きだが、女将さんの腕は一流で、出てくる一品一品に私達は舌鼓したづつみを打つ。今日は鯛の煮付だった。

 美味しかったのだが、流石に私達も飽きが来てしまい、『雲』の世界で貰ったお弁当を冷蔵庫から取り出し、部屋でチンして食べた。久しぶりの肉は言いようもなく美味しく、初めて食べた時のような感動を覚えた。最も、肉を初めて食べた時の感動など、覚えてはいないのだけれど。

 女将さんのご飯と『雲』の世界で貰ったお弁当で腹も膨れた私達は、早速電車で見つけた古城へ行ってみることにした。

 いつも通り私、陽菜ちゃん、悠稀君の順で並んで古城へと向かう。その途中、陽菜ちゃんは何度か私達を忙しなく盗み見ていた。その視線に気が付いた私と悠稀君は何故そんなに見つめるのかと尋ねると、いつキスをするのか見張っておこうとしていたらしい。あまりにも突飛で、小学生らしい発想に頬が緩みかけるが、なんせ付き合って一日目のカップルである。そんな急展開が望めるとは思えない。……自分達のことなのに、客観視してしまうのは私の悪い癖だ。

 冷静に分析していたせいで、悠稀君がまた熟れた林檎のような頬をしていることに気が付かなかった。陽菜ちゃんはそんな悠稀君をからかい倒している。最近になって、悠稀君と陽菜ちゃんの形勢が逆転している。悠稀君もそれは重々承知のようで、からかわれる度に陽菜ちゃんの脇腹をくすぐることで反撃している。二人を見ていると、兄妹なのではないかと錯覚してしまう。しかし二人とも納めるところを知らない為、ヒートアップしてきたところを私が止める。もうこの流れも、一カ月以上やってきたのだと思うと、時の流れを感じざるを得ない。


 そんなこんなで何とか辿り着いた古城は、思っていたよりずっと大きく、重々しい雰囲気を醸し出していた。

 悠稀君が重厚な扉を押し開けると、調律のされていないバイオリンを奏でた時のような音がした。その耳をつんざくような不快音に顔をしかめる。二人も同じような表情をしていて、その表情のまま皆で顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。


 もう、何年人や動物が入っていないのだろうか。床や棚には埃が積もっていて、歩く度に舞う埃が、扉の隙間から漏れる光に照らされきらきらとしている。埃に対して綺麗という言葉を使うのは可笑しいが、空中に舞う埃は、やはり美しく、そして禍々しさをも感じる。

 十五分程探索しているうちに、私達は最大の違和に気が付く。


「「……陽菜ちゃんがいない」」

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