(四)

 『海』に着いて二日目。寝られないことを懸念していたが、それは杞憂に過ぎなかった様だ。二人も同じだったようで、寝惚ねぼけ眼をこすり擦り起きてきた。


「おはよう、悠稀君、陽菜ちゃん」

「おはよう、お姉さん」


「美麗おはよ」


「女将さんが、八時半から朝食なので食堂に来て下さいって言ってたよ」


「げ、後三十分しかねぇじゃん。それに、人間がいないこの世界のご飯って大丈夫なのか?」


「た、確かに……」


 これも杞憂に終わると良いのだが。

 


 朝食は、人間が食べられないものではなかったが、魚尽くしだった。ただ、それらの魚はどれも豪勢で、『ここ』の世界で高級魚と呼ばれるものばかりだった。私と悠稀君は大満足だったが、陽菜ちゃんは刺身は苦手だったらしく、魚の炊き込みご飯を三杯もお代わりしていた。私もお代わりこそしなかったものの、魚の炊き込みご飯は好物となった。

 腹もふくれたところで、アリシス様の所へ行く方法を考えることにした。二匹のケンタウロスは「招待状」が無ければ入れないと言っていた。その「招待状」がどのようにして手に入るのか、女将さんに聞くことした。


「ごめんなさい。アリシス様の事は極秘になっていて、あまり話せないの……。でも、貴方達は久しぶりに来た人間だもの。『招待状』の貰い方だけは教えてあげるわ。『招待状』は、アリシス様がパーティーを開いた時に貰える可能性が高いの。もしあのお城でパーティーが開かれる場合、『海』の世界全土にお知らせが行き渡るわ。そして、この世界一大きい掲示板に、参加者名簿が作成されるから、そこに入れて貰えるように申し込むの。大抵の場合は入れて貰えると思うわ。パーティーの内容は、私からは言えないわ。ただ、行って損はないと思う。頑張って頂戴ちょうだい


「「「ありがとうございます」」」


 全員でお礼を言い、部屋へ戻る。


「女将さんは、俺達のことを『久しぶりに来た人間』って言ってた。だから、この世界には多分、俺たち以外にもう一組以上人間がいると思う」


「確かに……。始めて来た人間に対して『久しぶり』とは言わないものね」


「私達以外の人間って、もしかしたらすごく歳をとっているかもね」


「どうしてそう思うんだ?陽菜」


「だって、『久しぶり』なんでしょ?そしたら、前回来てから今まで大分時間が経ってるってことになる。だから、その人はきっとおじいさんかおばあさんだよ」


「確かにそうね……」


 悠稀君も相槌を打つ。陽菜ちゃんの感の鋭さや情報を的確に読み取る力はこの中の誰よりも優れていると思う。思わず尊敬の眼差しを向けてしまう。彼女はそんな私の視線をくすぐったそうに受け取っていた。


「これからどうしようか。パーティーが開かれるのがいつかも分からないから、それまでゆっくりしたり作戦練ったり出来ると思うんだよね。でも、『海』って荒廃してるからあんまり見たり遊んだり出来る所はなさそうよね」


「だな。でも回るだけ回ってみようぜ。そうしたら、何かあるかもしれない」


「そうね」


「そういえば、行きに電車から古そうな神社が一つ見えたよ。そこに何かあるかもしれないから、今度行ってみようよ」


「だな。後、俺もアリシス様がいる城とは別に、大きくて古い城を見た。そこも行ってみる価値はありそうだな」


「そのお城は私も見た!意外と見る場所があるね。作戦を練りつつ、またこの世界も楽しもうか」


「だな」


「だね」


 二人とも満足げである。


 パーティーが開かれるまで暇を持て余しているので、私達はとりあえず『海』を探索し、この旅館を満喫まんきつすることにした。この旅館には自慢の温泉があるらしく、女将さんが来た当初誇っていた。約三十種類の温泉があるらしいのでとても楽しみだ。部屋の窓を開けていると、度々シューという音やポコポコという温泉の湧く音が聞こえてくる。その音が耳に心地好く、たまに窓を開けながら小説を書く。陽菜ちゃんもそれは同じらしく、一緒に机を並べて黙々と書く。たまに悠稀君も一緒に雑誌を読んだり、三人でゲームをやったりする。そんな他愛のない時間が、私はこの上なく好きだ。

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