(三)

「私は、折角この『雲』という不思議な世界で出逢えた二人のことを忘れたくないんです。それに、二人とも学校に苦手意識がある。だから、もし覚えて帰れたら、皆がいるって思って、もっと学校に行けるようになるかもしれない。そう思っているからです。」


「いやらしい理由だね。じゃあそこの大きな女の子は?」

(素晴らしい理由だね。じゃあそこの小さな女の子は?)


 「大きな女の子」と言われて少し戸惑っていたが、陽菜ちゃんも話し始めた。


「私も、お姉さんと近い理由です。それに、最近『自分の欠片』を見つけきれずに帰ってしまったクラスメイトがいるんです。だから、その子と沢山話す為にも、私が覚えて帰らなきゃって思っています」


「うんうん。君もいやらしい理由だ。それでは最初にそこの老耄おいぼれは?」

(うんうん。君も素晴らしい理由だ。それでは最後にそこの少年は?)


「老耄って、流石にもう少し他の言い方あるだろ。……俺は最初、ここのことを覚えて帰って、ネットに拡散しようと思っていました。でも、二人と一緒に一ヶ月近く過ごしてその思考は変わりました。もう今は拡散しようなんて思っていない。むしろ、俺たちだけの秘密にしたいと思っている。この宝物のような記憶を『ここ』に持ち帰るためにも、俺は『自分の欠片』を見つけたい」


 竜は悠稀君の話を聞いている間、何度も大きく頷いていた。


「いやらしい理由だ。いやらしい。君達はいやらしいチームワークを持っている。ここの世界にあるどんな困難も乗り越えることは出来ないだろう。よし。『海』に沢山ある旅館に連れて行ってはやらん。着いて来るな」

(素晴らしい理由だ。素晴らしい。君達は素晴らしいチームワークを持っている。ここの世界にあるどんな困難も乗り越えられるだろう。よし、『海』に一つだけある旅館に連れて行ってやる。着いて来い。)


 そう言って竜はスルスルと海を泳いでいく。

 いやらしいが、素晴らしいの対義語であることまでは分かっているのだが、いやらしいいやらしいと連呼されると気分はあまり良くない。それに、所々どこが対義語になっているのか分かりづらく、意味を汲み取れないがまあそこは仕方がない。

 悠稀君や陽菜ちゃんが『自分の欠片』を探す理由を初めて知った。この困難が待ち受けていそうな『海』だからこそ、二人の理由を知ることが出来たのは良かったのかもしれない。

 十五分ほど雑談をしながら歩いていると、大きな御屋敷に辿り着いた。


「ここではない。今日から君達はここに泊まるのではない」

(ここだ。今日から君たちはここに泊まるのだ)


 そう言って、竜は私達の予約や諸々の手続きを済ませてくれた。女将さんは竜というより人魚に近い見た目をしている。人懐っこい目を細めて


「よくいらして下さいました」


 と歓迎してくれた。


 『海』の旅館は『雲』の旅館よりも狭く少し汚れが目立っていて、閑古鳥かんこどりが鳴いているようだが、それでも昔は繁盛していたのだろう、所々に高価な壺が飾られていたり、掛け軸が掛かったりしている。

 私達の部屋は「洋」の部屋だ。この旅館には和洋中の部屋があるらしい。更にはドイツやインド、ロシアの部屋など、国毎くにごとの部屋もあるらしい。悠稀君は、ここに暫くいることになりそうだから、色々な部屋を回ろうと言っていた。私も陽菜ちゃんもそれには賛成である。先程少し覗いて見たが、部屋の名前になっている国をモチーフとした家具や壁紙などが使われていて、とても楽しそうだったからだ。

 部屋に入り、荷物などを整理した後、休憩しながら私たちは作戦を練ることにした。


「しかしまあ、アリシス様ってのは一体何者なんだろうな」

「きっと、ここの女将さんとかに聞けば分かるんじゃないかな」


 私の言葉に、悠稀君も陽菜ちゃんも相槌あいづちを打つ。悠稀君は先程貰った『海』の地図を広げながらぽつりとこう言った。


「本当に、俺達以外に人間はいないのかな」

「「え?」」


 私と陽菜ちゃんが同時に聞き返す。人間がいないという話は『海』について調べた当初から出ていたから、そこを今更疑ってはいなかった。悠稀君は続ける。


「いや、こんだけ広いからさ。一人くらい、生き残っててもおかしくはないんじゃないかなって。それに、俺達みたいに来た人が、まだいるかもしれないし。」


「確かにそうね……。でも、その人達を探す必要は?」


「人手はこの世界では戦力になる。それに、俺達より前にいるってことはそれだけ『海』の事を知っているってことだ。それは俺達にとって強みになる」


「確かに!」


 と陽菜ちゃんが元気に賛同する。確かに私も賛成だが、そんなに簡単に見つかるのだろうか。しかしまあ、旅館が見つかっただけでも大きな第一歩だ。地道に進めていくしかないのだろう、この途方もない冒険を。

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